暗躍
「で、出来た……完成だ」
カチャノフはナルシス城の地下工房で、先日手に入れたクラーケンの宝玉を触媒にした武器を製作していた。
三日三晩寝ずに作られた剣は、蒼海色の光で工房内を照らし出す。
ドワーフの武器職人の中ではまだ若いカチャノフであったが、これだけの色、艶、魔力を内包した武器は同族が作ったものでも見たことがない。
売れば小さな城が建つのではないだろうかと思えるほどの出来栄えは、自画自賛に値するものだった。
「これは優勝間違いなしだ。兄貴に見せても恥ずかしくねぇ良い仕事ができた」
今からコンテストのことを思い浮かべ顔がにやけるが、パンと両頬を打って顔を引き締める。
「いかん、コンテストに出す書類を忘れていた」
鍛冶に夢中で、武器コンテストに出場する為の書類を提出するのを忘れていたカチャノフは鍛冶台に書類を乗せて、項目を記入していく。
「名前はカチャノフ……、所属はオンディーヌ・ナルシスと、へどが出る名前だな。武器名は……」
何にしようかと考え、頭に閃いた名前を書き綴る。
「武器名クラー剣と……」
カチャノフは絶望的にネーミングセンスがなかった。
あまりにもそのまんまな名前だったが本人は満足していた。
「武器を装備している、人物の名前……」
コンテストには武器と美しい女性がセットであり、先日出会ったディーが頭に浮かぶが、彼女は既に光剣ブリュンヒルデを所持していた。
あの剣はディーを美しく変身させる魔剣で、彼女が使うに相応しいものだと思う。
いくらこのクラー剣が自身の最高傑作であっても、あの美しい女性に魔剣を二本持たせるのは蛇足ではないだろうかと思っていたのだ。
「うーむ、天使に剣と斧をもたせるがごとし。天使には剣が映える」
と、なるとどうしたのものか。
もう一人頭の中に思い浮かんだのはミディールのダンジョンで一緒にいた、海賊服の女性ロヴェルタで、恐らく彼女であればこのクラー剣を使いこなすこともできるだろう。
深く考えていると、工房のドアを勢いよく開ける自分の主の姿が目に映りげんなりする。
いきなりやってきたナルシスは既に怒り心頭な様子で、カチャノフを見るなり怒鳴りつけてきた。
「お前ボインスキーのことはどうなったんだよ!」
「それなら今斥候を放って、連絡待ちですぜ」
「嘘つけ! 帰ってくるなりいきなり工房に閉じこもって武器を作ってたって話じゃないか!」
「それについては否定はしやせんが。言われた通り、湾の魔物は退治してきたやした。あっしも武器作りに命を懸けてるんで」
「そんなことは聞いてない! どうせゴミみたいなものを作って……」
ナルシスはカチャノフがたった今作り上げた武器を見て、息を飲んだ。
あまりにも美しい輝きを放つ剣は、見ているだけで吸い込まれそうになり、素人目に見てもそれが一級品の武器だということがよくわかった。
あまりにも美しい武器は鏡のように自分の顔を綺麗に反射し、ナルシスは一目でこの武器に心奪われたのだった。
「なんだ……これは……」
「今しがた出来上がったコンテスト用の武器でやす」
「お前、こんな凄いもの作れたのか?」
「お褒めに預かり光栄でやす」
「褒めてな……いや、褒めてるか」
十年に一回もないであろう、ナルシスから男をほめる言葉が、つい嫌いなドワーフにこぼれてしまった。
それぐらい武器の出来は素晴らしいものだった。
「お前、まさかこれでコンテストに出る気じゃないだろうな!?」
「今しがたコンテスト用って言いやしたが?」
「ダメだダメだダメだ! コンテストにはボクも出るんだぞ! こんなのが出たら!」
勝てないじゃないかと言いかけて口をつぐむ。
自分の兵で、しかも嫌いな人物に敗北を認める言葉だけはプライドに賭けて吐くことが出来なかったのだった。
「まぁあっしはこれを作っただけで満足しちまいやしたがね」
「よし、じゃあそれをボクが使ってやろう。貸してみろ」
「バカ言っちゃいけやせん。あんたなんかに使いこなせるもんじゃない。あっしはアンティークを作ってるんじゃなくて人を殺し、人を生かす武器を作ってるんでやす」
「なっ!? ボクに使いこなせないだと! ふざけるなよ! よこせ!」
「触るんじゃねぇ!」
ナルシスがクラー剣に触れようとしたところをカチャノフは本気で弾き飛ばした。
勢いよく吹き飛ばされ、工房に転がったナルシスをカチャノフはゴミクズを見るような目で見下す。
「こいつはあっしが魂を込めて作った、魂そのものなんだよ! オメーみてぇなのが気安く触るんじゃねぇ!」
「な、なんだと、ボクは王だぞ!」
「だからなんだってんだい!」
ナルシスは今度こそこのいけ好かないドワーフを強制帰還させてやろうと思ったが、目の前に立つオーガのような気迫を放つカチャノフに腰が抜け、みっともなくよつんばいになった。
「だ、誰のおかげでここにいられると思ってるんだ!」
「親の七光りの分際で粋がるんじゃねぇ」
「なっ!? お前!?」
「悔しかったら実力で見返してみやがれ!」
「ぐ、うぐぐ。覚えてろ! ただですむと思うなよ!」
ナルシスは安い捨て台詞をはいて、工房から走り去っていった。
カチャノフはいよいよ強制帰還されるのが見えてきたなと思うが、それもいいかと思い大きな鼻をかき、コンテストに提出する書類を書き上げた。
一方、怒りおさまらぬまま工房を飛び出たナルシスは、段々とあの忌々しいドワーフに対しての憎しみの感情がおさまりきらなくなってきていた。
今まで怒りの感情こそあれど、憎しみまではいっていなかったが、あの剣を見た瞬間強い憎悪が浮かんだ。その感情が嫉妬だとは本人もまだ気づいてはおらず、何か恐ろしい罰を与えられないかと考えていたのだった。
「ボクをバカにしてバカにして、絶対許さないぞ。何か、何かないか」
「ナルシス様!」
「なんだよ!」
苛立ちながら声をかけてきた兵を怒鳴りつける。
「もうじき教会の代理人が到着になられます」
父親は大嫌いだったらしいが、オンディーヌ家の当主が自分にかわってから一番大きい取引相手である教会の名を聞いて一気に冷静になるナルシスだった。
「もう、そんな時間か……アンネローゼ様はいつになったら直接こちらに来て下さるんだ」
「それともう一件ご報告ですが、十度目の百目鬼真凛嬢の引き渡し要求は拒否されました。やはり同盟軍は要求に応えるつもりはないようです」
「あいつらもボクをバカにして、優しくしてるからつけあがるんだ! ライノスを火の海にかえてやろうか!」
しかしナルシスは欲しいと思ったものは絶対手に入れないと気が済まないタチであり、それができないとわかっていて尚イラつくのだった。
「やぁ、ナルシス君、なかなか不穏なことを言っていますね。壁に耳あり鍵穴にメアリーですよ」
急に声をかけられ、驚いて振り返ると、そこには修道衣を着た禿頭の青年が気さくに手をあげていた。
「こ、これは、ロラン様! なぜここに、お出迎えにもあがらずすみません」
教会からの使者であるロランは、人懐っこい笑みを浮かべ胸の前で小さく十字を切る。
ナルシスト、兵はすぐさま跪いた。
「早くについたものでね、一応城の人には入る許可は貰ってますよ」
「申し訳ありません、気づいておりませんでした」
「気にしないでください。早くについたこちらが悪いのだから」
「ワーイ、待ってぇ」
「こっちだぞぉ」
唐突に声が響いて何かと思うと、城の城壁近くで小さな少年少女が楽し気に遊んでいる。しかし、いささか声のボリュームが大きいようだ。
「おい、お前、あのガキたちを今すぐ追い払え! 斬り払ってもいい! 今すぐにだ」
「はっ!」
ナルシスが兵に伝えると、ロランは前に出て手を振る。
「いけませんよ。子供は国の宝ですから。小さい子は、とてもイィ」
「は、はい……」
なにやら恍惚とした表情を浮かべるロランにナルシスは戸惑う。
「予定の時間まではまだ少しありますね。少し外で子供たちと遊んできてもよろしいですか」
「は、はい!」
ロランが城の外に出て、子供たちが遊んでいるのをナルシスと兵は遠巻きに見つめる。
その姿はとても楽しそうで、絵画の一シーンに描かれていそうなほどだ。
「さすが教会の神職者というところでしょうか?」
「違うな、よく見ろ」
ナルシスが顎でさすと、ロランは少女ばかりと遊んでいて、少年は放置されている。
「……どういうことなのでしょうか?」
「見たまんまのイカレ聖職者って意味だよ」
兵はナルシスがイカれてると言うのだから、相当イカれているのだろうと納得する。
会談の予定時間になり、草と泥で修道衣を少し汚したロランは王室でナルシスと二人っきりで話をする。
「カカオと、ジオストーン……ご要望通りの量を出せるかわかりませんが」
ナルシスはロランが出した、今後の”お布施”要望をまとめた書面に目を通す。
そこには大量のカカオとジオストーンが記載されていた。
「ジオストーンは多少遅れてもかまいませんが、カカオは姫様からのご要望ですので、できるだけ早くにお願いします」
「チョコ好きなのですか?」
「姫様唯一の人間らしい嗜好ですよ」
「わかりました。用意します」
「最近小麦とワインのお布施が少なくなっている気がしますが、何かありましたか?」
「近年は不作が続いているのと、小麦とワインを多く生産していた領地が別の王に奪われまして」
「それは大変だ。我が国から支援を送りましょうか?」
「いえ、それには及びません。同盟軍以下のザコ王なので、今の戦争が終わればすぐに取り返すことが可能です」
「なるほど、必要とあればすぐにおっしゃってください。我らは盟友ですから」
「ありがとうございます」
「同盟軍との戦いはどうですか? 我々が最初に兵を貸しだしてから大分時間が経っていると思いますが」
「元から戦力的には我々が圧倒しています。なんの心配もありません」
「ですが、長引けば長引くほど生産は止まりますし、雑魚王と蔑視されている王も力をつけるかもしれません」
「う、それはそうなのですが」
「物事には全て原因が存在します。全てを話してください。神があなたに道を指し示しましょう」
ロランの全てを許す、母のようなオーラに抗えるものは少なく、ナルシスもその例外ではなかった。
「ふむ、百目鬼という少女を手に入れたいと。ならばそれを拒否している人物を排除すれば可能でしょう」
「しかし、同盟軍のリーダーは強情な男で」
「大丈夫です。大衆の力を手に入れるのです。そうすれば事態はよりよく動くでしょう」
ナルシスはロランの話を聞くと息を飲んだ。
おおよそ神官から出るような策ではない内容に冷や汗が流れる。
「そうすればいいのです」
「なるほど、さすがロラン様だ。ちょうどいいイベントがあるのです」
「良かった。それでは自分はこれにて」




