ep.85 眠る賢者
「馬車があれば楽なんですけどね~」
シオが不満を零す。
トゥイエの村を出た四人は徒歩でヴァルディラを目指していた。村には馬車も余分な馬もなかった。
「ファイレナさんは瞬間移動の魔法は使えないんですか?」
アーダンの問いかけにファイレナは不機嫌そうな顔を向ける。
「なんかの皮肉か? あのなぁ、移動魔法はそんなに便利じゃないんだよ。そもそも、移動場所にあらかじめ魔術を施していないと無理だし。私が瞬間移動できるのは、ジェイドウッドの森の庵だけ」
「じゃあ、結局、自力で向かうしかないんですね」
シオは肩を落とした。
行きと同様にグレイリーフの森を突っ切れば早い。だが、森にはマルグルンを失ったオークのクランがある。長を失ったクランは混乱を極めていることだろう。トラブルを回避するため街道を迂回する方がいい。
数日をかけてヴァルディラへ戻ると、アーダンの手配した高級宿で英気を養い、船を使ってセイリンへ渡る。そこからアルダーウィンまでは馬車を使った。
馬車旅が終われば、いよいよ師匠との再会となる。
アルダーウィンへ向かう馬車の中で、ファイレナは膝の上に乗せた不死鳥の卵を優しく撫でた。
「結局、蘇生のやり方は解明したのですか?」
隣に座るアーダンがファイレナへ尋ねた。対面でグリオハンが窮屈な馬車の壁に寄りかかって寝ており、その膝を枕にシオも寝ている。
「いや、わからなかった。ヴァルディラじゃ、本とか文献を集めるのにだいぶおまえに助けてもらったんだけど」
「調べられることは全部調べた。でも、わからなかった、と」
「まぁ、そんなに悲観的になるつもりはないよ。師匠の蘇生に足りないものがあるなら、また探しに行くだけだし」
そうは言っても、卵へ視線を落とすファイレナに気落ちした様子を見るのは容易かった。それでも慰めの言葉をかけるつもりは、アーダンにはない。
「あなたらしいですね」
「ただ、こいつを抱えて冒険はできないからさ。師匠と一緒に祠に安置しておこうと思う」
「ええ。それがいいでしょう」
アーダンは静かにうなずき、視線をグリオハンに移す。
「それで……サリフィン様が蘇生なされた後、グリオさんはどうされるんです?」
「どう? ……どうって……」
ファイレナは口ごもった。
アーダンは見抜いている。旅を通じ、ファイレナの中にグリオハンへ対する情が沸いていることを。
「グリオさんの目的は当然、ドラゴンに戻ること。サリフィン様が蘇生されれば、すぐにそれを迫るに違いありません」
「そうだな。だが、あいつがドラゴンに戻ったら、師匠と私を放ってはおかないだろう」
「ええ。そして、そうなれば、近くにいる我々も無事ではないでしょう」
ふたりはしばらく沈黙した。再び口を開いたのはアーダンだった。
「覚悟をしておくべきですよ。ドラゴンに戻る前に、グリオさんを打倒することを」
ファイレナは馬車の窓から空を見た。名前もわからない鳥が飛んでいる。
「……そうだな」
◇◆◇◆◇◆◇
アルダーウィンの村へ到着すると、村人たちが一斉にファイレナを出迎えた。
ファイレナの帰還で、もう賢者サリフィンが生き返るものと信じ込む者もいた。彼等はすでに涙を流している。ファイレナは村人たちを落ち着かせるのに必死だった。
村を挙げての歓待を進めようとする村人を宥め、四人は賢者サリフィンの眠る祠へ向かった。
祠の前には沢山の花が供えられている。
「皆、日課のようにここへ、お祈りにやって来ていました」
村長が手を組んで祈りを捧げる。
「あ、あ、あ、あの生ける伝説サリフィン様に会えるんですね! なんだか、緊張してきましたーっ」
「死んでるっての」
呑気なシオをファイレナが鬱陶しそうに横目に一瞥した。
「村長。村人たちも気が気じゃないだろうけど、蘇生の術は静かに執り行いたいんです。術中は村人が近づかないようにしてくれませんか?」
「ええ、それはもちろん!」
ファイレナたちは村人数人の力を借りて、祠から石棺を引き出した。
蓋を取り外す。
そこにはあの日のままのサリフィンが静かに横たわっている。
肌の色艶も瑞々しく髪の一本一本も煌めいていて、生きていた頃そのままだった。
最期に愛する唯一の弟子に看取られたからか、その口元も仄かに微笑んでいるようにも見え、まるで幸せな夢を見ながらただ眠っているかのようだった。
「これがサリフィン様……なんて、お美しい……。エルフは亡くなっても朽ちたりしないんですね」
シオが呆けたように溜息を吐く。
「それは、私が入念に時間停止の術式を施したからだ。蘇生したときにアーダンみたいな死人だったら嫌だろ」
「私は他のアンデッドに比べれば、十分に瑞々しいと思いますが」
アーダンが鼻を鳴らした。
ファイレナが村長に目配せをした。村長が村人を連れて祠から離れていく。
「さて、じゃあ……どうするかな……」
ファイレナは復活の卵をサリフィンのへその辺りへ乗せた。




