ep.84 村の子供たち
行きの道中はムカデの怪物と遭遇したが、それも結局は〈見えざる手〉の用意した刺客だった。〈見えざる手〉がいなくなった帰りの道中は魔物との遭遇はなく、道のりは長かったが、ノームたちの待つカリグの集落へ帰ることができた。
集落へ戻るや否や、大勢のノームがファイレナたちを迎えた。地上からやってきた冒険者たちは、彼等にとって珍しい客人だった。それ故に、誰もが皆の無事を心配していたのだった。
「よくぞ、ご無事で!」
カスールが目に涙を浮かべている。息子のイニヨンは袖で目元を拭っている。
「大袈裟だな。別に魔王を倒しに行ったわけでもないのに」
ファイレナは苦笑を漏らした。
「目的のものは手に入れられたのか?」
技術者のホニクが口に咥えたパイプを上下させる。
「うん。この通り、無事に目的のものは手に入った」
ファイレナが差し出す復活の卵を見て、ホニクが素っ気なくうなずく。
「そりゃよかった。で、タルニャはどうした?」
ホニクの心配事は何よりも娘のように可愛がっている自動人形のタルニャだ。
グリオハンがのっそりと前に出た。背中にタルニャを背負っている。
ホニクはあんぐりと口を開けた。ぽろりと落ちるパイプをイニヨンが受け止める。
タルニャの状態は酷いものだった。グリオハンとの戦闘に加え、神殿での大魔法や崩壊に巻き込まれたのだ。無事であるはずもない。
グリオハンがタルニャを背中から下ろした。
ガシャン
「おぉいっ! 丁重に扱えと言っただろうがっ!」
ホニクの怒号が木霊する。
「大将。タルニャは神殿を守る守護者だったんだ。そこですべての記憶を取り戻して、私たちと戦闘になった。こうするしかなかった。……まぁ、こんなにひどくボロボロになったのは後々色々あったからってもあるんだけど……」
正直に話そうとするファイレナだったが、最後の方は言い訳がましい言い方になった。声も次第に小さくなっていく。
「うんにゃ。ええ、ええ。無事に連れて帰ってくれたならそれでええ」
ホニクがファイレナたちを気遣っているのは明白だった。イニヨンからパイプを受け取って再び口に咥える。
「いや、でも……」
「わしを誰だと思っとるんじゃ。タルニャは元に戻る。まぁ、その……ちーっとだけ時間はかかるだろうがな」
ホニクはファイレナの腰を叩いて工房へ戻った。その後をイニヨンとカスールがふたり掛かりでタルニャを運びながら付いて行く。
「ありがとうございます」
ファイレナはその後ろ姿に深々と頭を下げた。
◇◆◇◆◇◆◇
ノームの集落では最低限の体力の回復を待つだけで、四人は急ぐように出発した。
早く師匠を蘇らせたいと気の急くファイレナの事情はもちろん、地底の食事は口に合わず、長期の滞在は避けたいという思いもあった。それに太陽の光も早く浴びたい。
四人はノームの道案内で、地上への最短ルートを辿り地上へ出る。
「せっかく地上に出たのに夜っ!」
シオが不満たらたらに叫んだ。
空には満点の星空が広がっている。殺風景な地底の頭上とは違い、久方ぶりの星の瞬きは見事だったが、期待したのは太陽の光だった。
「日の光はもう少しお預けだ。ひとまずトゥイエの村まで急ぐぞ」
行きとは違う道筋のため、まったく知らない場所である。
そこから一度トゥイエの村を目指すのには理由があった。
あのとき〈見えざる手〉が漏らした一言だ。非道な盗賊ギルドの連中が、子供たちから目的地を聞き出すため、残酷な手段に出た可能性があるのだ。
子供たちを巻き込んだのは自分だ。無事を確かめずにはいられなかった。
村に着くや否や、村人の歓迎もそっちのけに、ファイレナは秘密の地下の入り口を教えてくれた兄妹の姿を探した。
「魔法使いの綺麗なお姉ちゃん!」
ファイレナの姿を見つけて声を上げる子供たちを見つけたとき、ファイレナは思わず駆け寄って兄妹を抱きしめた。
無事でよかった。
「冒険は終わったの?」
少女が屈託のない笑みで尋ねる。
「うん。きみたちのおかげで無事に目的を果たすことができた」
「じゃあ、でっかい兄ちゃんもまた空を飛べるようになるんだな!」
少年が、ファイレナの後ろで腕組みをしているグリオハンを見上げた。
グリオハンは無言で少年を見ている。
「なんか言ってやれよ、ボケナス。おまえはいつまでたっても不愛想だな」
ファイレナがグリオハンの足首を蹴る。
「ふん。まぁ、飛べるようになるだろう」
グリオハンはさっさとどっかへ行ってしまった。
「でっかい兄ちゃん機嫌悪いのか?」
「いや。わざわざ自分からきみたちに顔を見せにきたんだ。そういうことじゃない」
ファイレナはグリオハンの後ろ姿に目をやった。おそらくは嬉しいのだろう。だが、その感情をどう受け止めていいのかわからないのだ。ドラゴンの持ち合わせない人間らしさ。それに困惑している。
「さ、あいつのことはいいから、約束の魔法をちょっとだけ見せてあげよう」
ファイレナは子供たちの頭を撫でた。




