ep.83 やるなら正々堂々と
ファイレナは歯を食いしばった。
「くそっ! なんで師匠を殺したおまえなんかを助けたんだ! おまえなんてここで死んでよかったのに!」
「何を急に」
「だけど、手を出してしまったんだ! いまさら引けるわけないだろ!」
だが、言葉とは裏腹に、その手からグリオハンが滑っていく。
「だから、這い上がってくれ! 私はおまえを引き上げられない!」
「まったく、最後まで面倒なやつだ」
グリオハンは歯を食いしばり、だらりと下げたままの腕を持ち上げた。おそらく骨折もしているし、まともに動くはずもないものだ。だが、激痛に耐えながらその手を振り上げ、サリフィンの杖を掴んだ。
グリオハンが水平に浮遊する杖に乗り上げた。
ふたりは杖の上で狭そうに身を寄せ合う。やがてふらふらと杖が浮上し、石床の上に転がり込んだ。
ぐったりと寝転んだままでファイレナが掠れた声を吐き出した。
「まったく。ふたり揃って〈奈落〉に落ちるところだった。また〈奈落〉でおまえとふたり旅なんて、うんざりだからな」
「おまえが勝手に手を伸ばしたのだろう、半エルフ」
「やかましい。ここは、素直にありがとうと言うところだぞ。おまえも人間になったんだから、それくらい覚えておけ」
グリオハンはふんと一度鼻を鳴らした。
「ファイレナさん! タルニャさんが!」
シオの声にファイレナが反射的に体を起こした。
「そうだ! タルニャ……」
大魔法の破壊とその後の崩壊。立て続けに起こった災害級のトラブルで、タルニャのことがおざなりになっていた。〈見えざる手〉を倒すこと、自分たちが生き残ることに精一杯で、そんな余裕がなかった。
「ノームたちには連れて帰るって約束したのに」
タルニャは〈奈落〉の穴に飲み込まれただろう。ファイレナは下唇を噛んだ。
「ごめん。タルニャ……」
「そうじゃないです! 引っかかってるんですよぉっ!」
シオが必死に指差している。そちらの方向へ目をやると、残った床石の突起に、奇跡的にタルニャが引っかかってぶら下がっている。
「タルニャ!」
ファイレナは思わず上を見上げた。
「おまえも凌いだんだな。よくやった」
四人と一体は、次の崩壊を恐れ、満身創痍のまま休憩も取らずに神殿を離れた。
足取りが確かなのは不死者のアーダンだけだ。頑丈が取り柄のグリオハンでさえ、体を引きずるように歩いている。それでもタルニャを背負わされていた。
ファイレナは杖を三つ目の足にし、なんの支えも持っていないシオはおぼつかない足取りで何度も転びかけた。
ひとまず安全と思えるところまで離れ、ようやく休憩を取る。
待ち望んだ休息に腰を下ろすと、もはや、二度と立ち上がれないんじゃないかという気さえした。
不死鳥の卵は、当初の熱が十分に冷めていて、一行のリーダーであるファイレナの腕の中にある。
それを感慨深げに撫でていると、唯一、まだ気力の残るアーダンが、ファイレナの隣に腰を下ろした。
「驚きましたよ。あの状況であなたがグリオさんを助けるなんて」
崩壊の時の話だ。
ファイレナ自身は、いまだに自分のとった行動の合理性に納得していなかった。だから、本当はその話題は避けたかった。
不機嫌な無言がその証拠だ。
「蘇生の秘術は手に入った。恐るべき追跡者も撃退した。その後ですからね」
もはや宿敵グリオハンを生かしておく必要はファイレナにはなかった。アーダンはそう仄めかしている。
「……正々堂々と退治してやろうと思ったんだよ。ドラゴンに戻ったあと、師匠とふたりで力を合わせてさ」
誰の耳にも面倒そうな口調だ。アーダンはそれ以上その話題には触れなかった。
「さて、ノームの集落にタルニャさんを届けたあとは、一番楽な方法でサリフィン様が眠る祠まで向かいましょう。不死鳥の卵の使い方が分からなければ、調べるのはその後でもいい」
「そうだな。まずはせっかく手に入れたこれを、無事に師匠のところまで持ち帰ることだ」
ファイレナが卵を撫でた。
「ええ。もうひと踏ん張りです。敬愛するお師匠さまが蘇るまでね」
「狂ったカルト教団のクズと思ってたけど、おまえには色々助けられたと思ってる。そこは素直に感謝してる」
「その徹底した口の悪さがなかったら、どういたしまして、と言えたところなんですがねぇ」
アーダンは嘆かわしいとばかりに首を振った。
「あいつらは動けるかな?」
「あなたが動きさえすれば、動きます。それに、いくら〈影の道〉を撃退したとはいえ、まだ地底に住む魔物との遭遇はあり得る。できる限り迅速に戻るべきでしょう」




