ep.80 満身創痍
やがて、その理不尽なまでの破壊が収まった。
この大破壊を生き延びたファイレナが、粉々に砕け散った瓦礫の中から這い出した。
神殿中が燃え盛っている。古の時代から燃え続けていた祭壇たる巨大な炉が、破壊光線によって吹き飛び、可燃性物質が辺りに飛び散ったのだ。
ファイレナは運よく炎に巻かれずに済んだ。頬を伝う汗を乱暴に袖で拭う。なんとか生き延びたことにひとまず安堵する。
「おいっ! 誰か! 返事をしろっ!」
他の面々は無事か。声を張り上げる。
「……お、お頭?」
最初に答えたのは掠れた野太い声だった。
「マルグルン!」
声のする方へ顔を向けると、マルグルンが地面に這いつくばったまま、顔を上げてファイレナを見ていた。
「何が起こったんだ? 地震か?」
「違う。〈見えざる手〉が天空からの破壊光線の魔法を使ったんだ。地面を抉ってここまで破壊するなんて……。とんでもない魔法だ……」
賢者の魔術を間近で見てきたファイレナでさえ驚嘆する大魔法。魔法生物の持つ無尽蔵の魔力をまざまざと見せつけられた。
ファイレナはマルグルンを引っ張り起こすため、その逞しい手を取った。
「ああ、すまん、お頭。瓦礫が乗っかってるのかもしれん。まずはそれを……。足が動かんのだ」
マルグルンは背後に顎をしゃくった。
目をやったファイレナは言葉を失った。腰から下がない。
「マルグルン……」
せっかく、魔法を解いたというのに。これはもう長くはない。
かつては徒党を組んで暴れた仲だ。その頃のことがまるで走馬灯のようにファイレナの脳裏を駆け巡った。人間にもエルフにも馴染めず鬱々とした気分を、武器を振り回して発散した。馬鹿をしていたという後悔もあるが、充実していなかったと言えば嘘になる。
「どうだ? ちょっと疲れてないか?」
ファイレナが優しく問う。マルグルンは無言で小さくうなずいた。
「少し休め。〈見えざる手〉は私がなんとかするから」
「……お頭……」
「心配するな。あの頃だって、どんな難題も私がなんとかしてきたろ?」
マルグルンはそれを聞いてニヤリと笑った。すでに目は瞑っている。そして二度とその目を開くことはなかった。
「おまえがいなくなると、クランはまた荒れるだろうな」
ファイレナはマルグルンの肩をそっと撫でた。
「おまえには悪いことをしたな」
「ファイレナさぁんっ!」
シオがファイレナへ向かって這ってくる。片手で腹を押さえ、もう一方の腕で、地面を掻きながらだ。
「シオ! 無事だったか?」
「グリオさんとアーダンさんは?」
焦燥に駆られた表情でシオは辺りを見回している。どこもかしこも燃えていて、ふたりの姿は確認できない。
「わからない。でも、直撃さえしてなきゃ、生きてるだろ。バカドラゴンは燃えないし、アーダンなんて直撃を受けても死なないだろうし」
「でも、不死鳥の卵を持っているのはアーダンさんです」
ファイレナは意識が遠くなる気がした。ようやく手に入れた秘宝が今の破壊で失われたら、本当に心が折れてしまうかもしれない。
「ご心配なく。私だって、サリフィン様にお目通し願いたいですからね」
炎の間を縫ってアーダンがぬっと姿を現した。
「ひぃぃっ! バケモノォッ!」
シオが叫んだ。
それもそのはず、不死者らしく、煤に塗れた肉体はただれ、ところどころ骨も覗いているのだ。アーダンのいつもの瑞々しい姿はどこへやらだ。
もはや、美しい姿を保つ精神力も残っていないのだろう。
「失敬な! 私は命がけで至宝を守ったのですからね!」
アーダンの幾分か無事な片腕には、まるで愛しい我が子でも守るかのように、しっかりと不死鳥の卵が抱かれている。
ファイレナは安堵でへたり込みそうになる体を、杖を支えにして耐えた。
「あとはグリオさんですけど……」
シオが心配そうに眉を下げる。
あの巨体が見当たらない。直撃を受けた可能性もある。
ファイレナは無言になった。グリオハンは師サリフィンの命を奪った宿敵だ。どこで死んでしまおうがかまわない。これまで旅を共にしていたのは、蘇生の秘術を手にするために人手と戦闘力が必要だったからに他ならない。
アーダンの手の中にある不死鳥の卵に視線を移す。
それが手に入った今、もはやグリオハンの無事を願う必要などないのだ。
だが、その胸を締め付ける違和感は誤魔化し切れなかった。ファイレナは自分自身に戸惑いを感じている。
「あ! ファイレナさんっ!」
だしぬけに、シオがファイレナの足を乱暴に叩いた。
ファイレナはさっと頭を上げた。
中空にもやのような可視化した魔力が集まってくる。〈見えざる手〉だ。
「今の魔法でも生きていたか。運のいい奴らだ」
ファイレナは奥歯を噛んだ。
ここまでで散々思い知らされた。純粋な魔法勝負では到底太刀打ちできない。勝ち目は万に一つもない。
もう、本当に心が折れそうだった。




