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ep.7 村への帰還

 道中、まったく会話をすることなく、ふたりは山を下り、アンバーグロウピークにもっとも近い村アルダーウィンへ到着した。

 サリフィンもファイレナもここから出発して山を登った。

 山の方角から人がやってきたのを、目ざとい村人が見かけた。


「か、帰ってきた……」


 信じられないとばかりにわなないた村人は、大声でファイレナの帰還を叫びながら村を駆け回った。

 山頂には比類なき暴竜がいたため、これまで山へ向かって帰還した者は、ただのひとりもいなかったのである。

 ポツポツと立つ簡素な家屋から、ひとり、またひとりと村人が出てくる。


「け、賢者さまっ! じ……じゃ、ない?」


 暴竜を討伐すると山を登ったのはサリフィンだ。だが帰って来たのは、ローブこそ同じものの、違う人物。その後を追っていった旅人の方だ。

 集まった村人たちが、ようやくグリオハンが両手に抱くのがサリフィンであることに気づき始める。


「……まさか、賢者さま……」


 年かさの女が思わず両手で口元を覆う。


「みなさん、聞いてください」


 ファイレナが輪を作る村人たちに近づく。


「ジェイドウッドの森のエルフ、サリフィンは、暴竜との戦いで命を落としました」


 村人たちがどよめく。やがて、その中に小さな悲鳴や嗚咽(おえつ)が混じり始めた。


「ですが! サリフィンはその尊い命と引き換えに、かの暴竜を打ち倒しました!」


 一層大きなどよめきが起こる。


「サリフィンの魔法により、暴竜は跡形もなく消し炭にされ、角はおろか鱗一枚も残りませんでした!」

「おい!」


 文句を言いたげにグリオハンがファイレナへ目を向けた。


「おまえの姿は本当に山から消えたんだ。そういうことにしなきゃ、辻褄(つじつま)が合わないだろ」


 ファイレナは、小声で論理的にグリオハンを黙らせ、村人へ向かって話を続けた。


「ですから、討伐の証はここにはありません。ですが、信じられないというのなら、アンバーグロウピークに登ってください。そこにあの憎き、()まわしい、ゲロ以下のクソドラゴンはいません。そして、再びあの美しい琥珀(こはく)色の黄昏(たそがれ)を目にすることができるでしょう」


 村人の輪の中でざわめきが波打つ。やがてそれは歓声になって弾けた。村人が互いに抱き合い涙を流す。大声を発しながら駆け出す者もいる。皆が皆、思い思いの形で歓びを爆発させている。

 ファイレナは隣のグリオハンの様子を気にした。間近で自身の死に歓声を上げる人間たちを見て、どんな思いを抱くのだろう。狂暴として恐れられたドラゴンだ。突然の怒りに駆られて暴れ出すかもしれない。そのときは身を(てい)して止めねばならない。


 だが、グリオハンは驚くほど平然とその様子を眺めていた。


「おい、おまえ。一体、どういう感情なんだ?」


 グリオハンに気を遣うつもりはない。ファイレナが率直な疑問をぶつける。


「何がだ?」

「自分の死を喜ぶ人間たちを間近で見る気持ちだよ」

「なんとも思わぬが。我が人間どもに好かれようとしていたとでも思うのか?」

「……いいや。たしかに、そうだな。単に気になっただけだよ」

「それで? こいつはいつまでこうやって抱えていればいいんだ?」


 グリオハンがサリフィンの亡骸(なきがら)を揺らす。


「ああ。そうだな」


 ファイレナは村の長を探した。手近な人間に声をかけると、歓喜の声の中で伝言が伝わり、輪の中から、杖をついた髭面の老人が現れた。アルダーウィンの村長である。


「この度は本当に助かりました。これから私たちは、あの脅威に怯えることなく過ごすことができるのですね」

「ええ。山へ戻ることもできます。まぁ……」


 ファイレナはアンバーグロウピークに目をやる。戻れるとはいえ、そこはグリオハンに破壊し尽くされている。


「……復興するのは、それなりに大変かもしれませんが」


 グリオハンがその様子を黙って見ている。敵意こそないがその眼光は常に鋭い。

 村長はそんな視線に少し怯えた様子を見せながら、ファイレナへ恐る恐る尋ねた。


「して……そちらの方は?」


 サリフィンとファイレナは山を登るときにここアルダーウィンを経由した。しかし、山で突然人間化したグリオハンは、村長にとって初対面の人間だ。


「こいつは山で偶然出会った蛮族です。暴竜退治に手を貸してくれたんです」


 ファイレナは(よど)みなく答えた。必ず来るだろう質問には、あらかじめ答えを用意していた。

 グリオハンに自己紹介という概念はない。ずっと村長を見ている。


「名前はグリオハンというそうです。不愛想でぶっきらぼうな男なんで。まぁ、蛮族ですから、少々常識が違うということは、飲み込んでください」

「おい。だから、こいつはどうするんだと言っている。いつまで待てばいいんだ?」


 グリオハンは、苛立ち混じりにがなり立てた。


「うるさいな。ものには順序ってものがあるだろ、バカ」


 ファイレナは舌打ちしてから、改めて村長に向き直る。


「それで、実は相談ごとがあるのですが」


 ファイレナは、力なく垂れた師サリフィンの手を取る。


「私たちは、この賢者サリフィンを蘇生させようと考えているのです」

「そ、蘇生? そ、そんなことが?」

「ええ、まぁ、方法はこれから探るのですが、これまでも死者蘇生の話は各地で耳にしたことがあります。ですから、不可能ではないはずなのです」

「おお……賢者様が蘇ってくださるなんて、これ以上喜ばしいことはない」


 村長はグリオハンの抱いた亡骸に深々と禿頭(とくとう)を下げた。


「そこで、方法が見つかるまで、ここアルダーウィンで大切に遺体を保管させてもらえないでしょうか?」


 ファイレナの申し出に、まぶたの垂れ下がった村長の目が見開いた。


「なんと! 賢者様のご遺体を復活までこの村で? そんな光栄がありましょうや! なれば(ほこら)を建て、誰にも邪魔されないように安置いたしましょう」

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