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ep.75 激突

「まぁ、〈深層(ディープ)〉へ出入りする方法は我々の方が詳しい。こちらに降りてきてからは、人探しの得意な魔物に手を借りるために〈奈落(アビス)〉から呼び出し、あなたたちを探させた」


 皆が顔を見合わせる。


「まさか、あのムカデの化け物……」


 ファイレナが苦虫をかみつぶすような表情を浮かべた。〈見えざる(インヴィジブル・)(タッチ)〉の無言は肯定を意味していた。あの時点で、〈深層〉での詳しい足取りは掴まれていた。


「あなたたちが辿り着いたのは、ここウィレヴェシュトの神殿」


 〈見えざる手〉がグリオハンの手に握られた不死鳥の卵を指差した。


「それが蘇生の秘術を成す秘宝だな?」


 アーダンがさっと前へ出た。


「あなたたちの目的が、裏切り者の排除ということはわかっています。彼女を差し出すので、ここは穏便に済ませませんか?」


 アーダンは微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)も見せず、シオを指差している。


「ちょっと! アーダンさん! 最低です! 最低!」


 アーダンは聞く耳持たずといった様子で、シオには目も向けない。


「それはこちらとしてもありがたい。ただ、あなたたちはギルドの裏切り者をどんな経緯であれ、かばっていたことになる。彼女の身柄を引き渡すだけでは足りないね。借金に利息がかかるように」

「皆殺しがお望みか? ギルドマスター」


 ファイレナは挑戦的な目を向けた。


「あなたたちの命を奪ったところでなんの価値があるというのだろうか。もらうのはその蘇生の秘宝だよ。シオの身柄とその宝物。それを素直に渡してくれたら、穏便に事は済む」

「断れば?」

「価値のない三つの命を奪うしかないね」

「そうか。残念だな。この世から奪われる三つの命は私たちのものじゃない」


 ファイレナは杖を構える。


「もっとも、魔法生物のおまえに命があると言うのならだが」

「ファイレナさーんっ!」


 シオが泣き出しそうな声を上げた。


「わかってんのか! おまえも死に物狂いで戦うんだよ! そもそもおまえが呼び込んだ厄介事なんだからな!」


 〈見えざる手〉が(あご)をしゃくった。マルグルンが攻城兵器と見紛うような物々しい戦槌を携えて、前に躍り出た。

 すると、ファイレナの後方からグリオハンが出る。


「森では世話になったな。この我を獣のように檻に閉じ込めおって。その蛮行、ここで後悔させてくれるぞ」


 先手を取ったのはグリオハンだ。とにかくグリオハンは好戦的だ。いつも先手必勝だ。前に出るや否や、自慢の戦斧を振り回し、マルグルンに叩きつけた。

 屈強なオークはそれを正面から受け止めた。ハンマーの柄を横にして、斧の刃を止める。力は無論、グリオハンに劣るはずもない。

 〈見えざる手〉がするりとマルグルンの背後に回り、その背中に手を触れた。


「おまえも亜人たちの中では鳴らした方だろうが、その蛮族を侮ってはいけないよ。そやつには何かある。特別な何かが。だから、おまえももっと強くなるのだ」


 触れた手から荒々しい魔力の奔流(ほんりゅう)が溢れ出し、マルグルンへ流れていく。魔力がオークの体を駆け巡る。途端に、その体が一回り膨れ上がり、マルグルンは声を上げた。溢れる力を我慢できずに吐き出したような叫びだ。


「強化魔法だ! 気を付けろ、バカドラゴン!」

「ふん、所詮はオーク!」

「その慢心はやめろ! おまえだって所詮人間なんだよ!」


 マルグルンが戦槌を持ち上げ、目いっぱい振り抜いた。

 ただ、力に任せた愚直な一撃だ。力自慢のグリオハンは当然、斧でそれを受け止める。しかし、魔法によって身体能力を強化されたマルグルンの一発は、桁違いの圧力だった。

 戦斧が弾け飛び、グリオハン自体も吹き飛ばされて、尻もちをついた。

 マルグルンが満足げにそれを見下ろす。手応えのいい一撃だった。

 一方のグリオハンは屈辱に顔を歪めた。


「見ろ、言わんこっちゃない」

「ファイレナさん! 我々もグリオさんの心配ばかりしている場合ではなさそうですよ!」


 メイスを振りながら、アーダンが顎をしゃくる。

 そこに蜘蛛面が二本の剣を構えて立っている。


「おまえも出し惜しみはするな。私が十分な力を振るえるようにしてやる」


 〈見えざる手〉が今度は蜘蛛面に触れた。マルグルンにやったのと同じように、魔力を流し込んでいる。だが、今度は身体能力の向上ではなかった。

 蜘蛛面に(はま)った六つの赤い石が鈍く光る。グレイミュートの森で見たときと同じだ。


幻肢(ファントム・アーム)


 蜘蛛面の肩口から煙状のものが噴き出し、剣を握った魔法の腕が現れる。以前と同じく四本だ。

 ファイレナは目を細めた。


「本来なら、本人が使う魔法を〈見えざる手〉が使ったんだな」

「何か違いでもあるんですか?」


 アーダンは首を捻る。


「〈見えざる手〉は魔法生物。おそらく無尽蔵の魔力を持っている。つまり、あの腕生やしの魔法は、私たちをみじん切りにするまで絶対に消えないってことだ」


 〈見えざる手〉がさっと蜘蛛面から離れた。


「理想はおまえが仕留めることだ。だが、できなくても、ある程度の時間を稼いでくれればいい。その間に確実に仕留める魔法を私が練り上げる」


 タルニャから借りた作り物の手が複雑怪奇な印を結び始める。


「残念だったな、サリフィンの愛弟子よ。旅の終わりはサリフィンの元ではない。ここだ」

「言ってろ。二代目サリフィン伝説の最初の偉業にしてやる。極悪盗賊ギルドの解体をな」

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