ep.74 見えざる手
ギルドマスター。盗賊ギルド〈影の道〉を束ねる〈見えざる手〉だ。
その言葉を肯定するかのように、タルニャがゆっくりと瞬きをしながらシオを見据える。
実態を持たない魔法生物であるギルドマスターは、都合よく動かなくなったタルニャを依り代に使っているのである。
「久しぶりだねぇ、シオ。ようやく会えたではないか」
その声はタルニャのそれだが、発音、抑揚、受ける印象はまるで違う。その言葉の質感は滑るようで冷たい。
「こいつが〈見えざる手〉……。警戒すべき危険な魔法使い……」
ファイレナもごくりと唾を飲む。
「で、でも、どうやって追ってきたんです?」
シオが己の首に巻いてある夢渡りのスカーフに触れた。それを身に着けている限り、魔術的な感知から逃れられるはずだ。
今は、依り代にしたタルニャの視覚を利用して世界を見ることができるが、本来ならば、魔法生物のギルドマスターにその居場所は把握できないはずだった。
ゆっくりとした足取りで〈見えざる手〉がシオへ近づいた。
全員が警戒して身構える中、〈見えざる手〉は手を伸ばし、夢渡りのスカーフに触れる。
「その前に、こいつは返してもらうよ、シオ。私のものなんだからね」
シオの首から、シルクにも勝るとも劣らない肌触りの良いスカーフが、するりと離れる。
「離れろ! シオッ!」
ファイレナの怒号が突然飛ぶ。
はっと我に返ったシオが弾けるように下がった。まるで蛇に睨まれた蛙だった。ファイレナが声を掛けなければ、恐怖に固まったまま、いつ首を斬られてもおかしくなかった。
もっとも、幸い〈見えざる手〉にその気はなさそうだったが。
「さて、知りたそうだから、順を追って説明してやろう。どうせ、おまえはこの後、死ぬだけなんだしね」
ギルドマスターの冷淡な声に、シオが青ざめた。
その様子を憐れそうにアーダンが見つめる。
「賞金首としては生け捕りが条件でしたが、マスター自ら出てきたからには、生かしてはおいてくれんでしょうなぁ」
「そ、そんな! アーダンさん、助けてくださいよ!」
「私、宝物庫荒らされたこと、根に持ってるって言いましたよね」
「アーダンさんはもう仲間じゃないですぅ!」
パーティの揉め事をよそに、〈見えざる手〉は話を始めた。
「まず、グレイミュートの森におまえたちが現れたという話を聞き、私は自らマルグルンと彼のクランに接触し、和解を提案した。そして、シオ。おまえを仕留めることに協力してくれれば、その賞金額を全額払うと約束した」
「だから、こいつがここにいるのか」
ファイレナはかつての配下に視線をやった。マルグルンは不遜に微笑んでいる。
「そこで知り得たのは、ファイレナ。あなたが握っているその杖が、かのジェイドウッドの森の賢者サリフィンの持っていた杖だということだった。マルグルンはあなたとサリフィンの関係性を知っていたため、間違いなかった。しかし、なぜ、サリフィン本人ではなく、弟子のあなたがその杖を握っているのか……」
ファイレナは冷たい視線に臆することなく、大胆に〈見えざる手〉を睨み返す。
「それで? おまえの結論は?」
「サリフィンは死んだ。引退して杖を譲ったのではない。死んで譲ったのだ。これまでサリフィンの一弟子でしかなかったあなたが、仲間を募って旅をしているのには、ただならぬ理由があるはずだ。すなわち、サリフィンに何かがあり、それをどうにかしようとしている」
「死んだとは限らないだろう? 大病を患ったのかもしれない」
「意識不明だったとしても、敬愛する師匠の杖を持ち出すものか? サリフィンは死んだのだよ。そして死に瀕した師から、あなたは直接譲り受けた。しかし、賢者の死は公表されていない。そして、旅に出たあなたが一人旅でないことから、探し物は困難を極めるものだと読める。そこで、突然の望まぬ死を迎えた師を蘇らせようとしている、と考えたわけだ」
「立派な推理力だ」
皮肉めいたファイレナの言葉に、〈見えざる手〉は借り物のタルニャの無表情で、満足そうにうなずいた。
「魔術師の私にとっても、賢者と謳われるサリフィンは目の上のたんこぶでもあった。直接会ったことはないが、お互い長寿であればいずれぶつかることもあったろう。それが死んだとあれば実に僥倖」
「クソめ。ぶっ殺してやる」
「はてさて、あなたたちの目的が見えてからは、私は周囲の人里へ人員を送り、その足取りを調べさせた。そして掴んだのだよ。おまえたちが地下世界へ向かったことをね」
「途中から足取りは完全にバレていたということですね」
シオは項垂れた。
「村の少年少女たちは、最初こそ頑なな姿勢だったが、すぐに居場所を教えてくれた。子供など、容易いものだな」
もし、借りた体が人間のものだったなら、それは邪悪な笑みを浮かべたことだろう。
「おい! 待て! おまえ、子供たちに手出ししてないだろうな!」
ファイレナが飛びかかる勢いで身を乗り出す。アーダンがそれを後ろから制した。
「気にすることではないだろう。どのみち、あなたたちが地上に上がることはもうないんだし。確かめることなどできないのだから」
「クソめ!」




