ep.73 蘇生の秘宝
「さぁ、あとは目的の至宝を手にするだけです」
アーダンが戦いに巻き込まれて半壊した祭壇を指差している。
炎の穴の中では、すでにグリオハンが祭壇の中を覗き込んで中をまさぐっている。
「これが、蘇生の秘宝か」
グリオハンの逞しい手に抱かれた卵は、塗装ではない有機的な赤色を帯び、つるりとした表面が鈍い光沢を放っている。
グリオハンがすり鉢状の穴を這い上った。
「ほえー、グリオさん、本当に火傷しないんですね」
シオは、タルニャから受けた打撃の痕はあれど、焼けた様子のないグリオハンの体を見て感心している。
ファイレナはグリオハンの外傷には一切、興味はなく、その目はずっと至宝に向けられていた。
「熱いか?」
「おまえらには持てまい」
ファイレナは恐る恐る突いてみた。素手ではまともに触れないほど熱くなっているのがわかる。
「おまえらに持てんのなら、我が持つしかあるまいな」
「冷やせば私たちにだって持てるよ」
ファイレナは杖を掲げた。
その肩にアーダンがそっと手を乗せる。
「不死鳥の卵です。冷えないものかもしれませんよ」
アーダンの言う通り未知の代物だ。ファイレナは複雑な表情を浮かべる。師匠を蘇らせる至宝は自分の手で持っていたい。
アーダンが訳知り顔を向けていた。ドラゴンに戻りたいグリオハンのことはまだ信じていてもいい。
ファイレナは嘆息した。
「大事に持ってろよ。手に入れたら終わりじゃない。師匠が蘇生するまで絶対に傷つけるなよ」
「いちいち、口やかましい女だ」
「ファイレナさん。タルニャさんはどうするんです?」
シオが動かなくなったタルニャの傍にしゃがみ込んでいる。タルニャもまた、長い間、炎の中にいたために、触れられないほど熱くなっている。
ファイレナが早速詠唱を始め、杖を掲げた。
「水やり」
魔術杖の先端からシャワー状に水が噴き出す。それをタルニャにかけてその身を冷やす。
「弟子になって間もない頃、師匠にすぐ覚えさせられた魔法なんだよね。中庭の菜園の水やりを私の仕事にするためにさ」
かつての思い出がファイレナの脳裏に蘇る。また、あの日々が戻るかもしれない。
体の奥深いところから感慨が沸いてくる。だが、師はまだ蘇生していない。まだ喜ぶなと自分に言い聞かせる。だが、溢れてくる感情がある。
その横顔をアーダンが見ていた。
「あの、ファイレナさん。なんだか、達成感漂うお顔をしてらっしゃいますが、この不死鳥の卵、それを使って蘇生させる術はわかっているのですか……?」
「あぁ?」
「いやいや! 凄まれる理由がわかりませんよ! その卵を使った実際の蘇生の方法がわからなければ、文字通り宝の持ち腐れですからね!」
「そんなものは、落ち着いてから調べるに決まってるだろ。私は魔術師だぞ。ものがあれば使用方法はきっとわかる」
ファイレナは力強く言い切る。
「おまえの言うことはもっともだよ。だけど、まずはその蘇生の秘術を行使できる品を手に入れることが肝要だった。それが叶ったんだ。今は喜んでいいところだろ」
「まぁ、たしかに、それはそうですね」
「さぁ、まずはカリグの集落まで戻ろう」
四人は帰路に就くため踵を返した。そこで神殿の扉がとてつもない音を立てて揺れた。
ファイレナはさっと杖を構えた。
「な、なんだ⁉」
揺れた扉は結局開くことなく、破壊されて内部に散らばった。もうもうと立ち込める埃の向こうから大きな体躯の人型がゆっくりと姿を現した。
「お、おまえ……どうしてこんなところにいる?」
ファイレナが瞳が零れるほど目を丸くする。
驚くのも無理はなかった。その正体があのグレイミュートの森にクランを構えるオークの頭領マルグルンだったのだから。
マルグルンは扉を破壊するのに使った戦槌をぐるりと回して肩に担ぐ。
「ようやく追いついたな、お頭」
ファイレナはマルグルンの後ろをうかがった。しかし、クランを引き連れている様子はない。
「まさか、ひとりでか? クランはどうした?」
マルグルンは醜い顔を歪めた。いやらしく笑ったのだ。
そのとき、シオが弾丸のように突進して、ファイレナに渾身のタックルを見舞った。
「ってぇっ!」
突然、地面に引き摺り倒され、ファイレナが怒りのこもった声を上げる。
それとほぼ同時に、地面に二本の剣が突き立った。これにはファイレナも総毛立つ。もし、シオがいなければ、串刺しになっていたところだ。
それは〈影の道〉の暗殺部隊〈葬送〉の蜘蛛面だった。
マルグルンが舌打ちをしたのが聞こえた。
マルグルンに気が行っている間に、開口部から侵入した蜘蛛面がファイレナを仕留めるという算段だったのだろう。
「確実に仕留められると思ったのにな。さすがは元〈影の道〉だ。殺気に対する感覚はずいぶん鋭いらしい」
「なんで、おまえらが一緒にいる!」
ファイレナが声を上げる。
「それについての説明は、一番うまいヤツに任せる」
突然、タルニャが弾けるように飛び上がった。
「うわぁ! タルニャさんが!」
シオの叫びが神殿に響いた。
これまでうんともすんとも言わなかったタルニャが、二本の足はしっかりと体を支えて立っている。まともに動けるかどうかを確認するように、両手で全身を撫で回している。
「タルニャ? なんだか様子がおかしいな……」
違和感を覚えるファイレナだ。探索を共にしたタルニャとも、守護者としてのタルニャとも違う印象があるのだ。
ファイレナが首を傾げている隣で、シオがカタカタと震えている。
「あああ、あれは、ギ、ギルドマスターです……」




