ep.71 ドラゴンプライド
「タ、タルニャさん、燃えてません……」
シオが唖然と口を開ける。
「もともと、作り物の体だ。炎には強いだろう」
「いえ、たとえそうだとしても、この炎の温度に平然と耐えられるとは思えません」
アーダンがかぶりを振る。
タルニャは浅瀬の川でも渡るかのように、炎の中を悠然とした足取りでこちらへ向かってくる。
アーダンは確信を得たとばかりにうなずいた。
「ここは炎信仰の聖地で、至宝の守られた場所。そしてタルニャさんはその守護者。であるならば、あれこそが本来の姿なのかもしれません」
「炎の守護者か」
得意の格闘術に加えて、もし炎を操る術などを持っていたら厄介な敵となり得る。アーダンでなくとも、生物はみな炎には脆い。
「どけい」
突然、グリオハンが皆を押し退けて穴へ足を踏み入れた。
「おい、バカ! 何してんだよ!」
ファイレナが慌ててその手を掴む。だが、グリオハンはその手を振りほどいて平然と炎の中へ入っていく。
「あ、そうだ」
ファイレナが思い出すのはアーダンと戦ったときだ。自身の炎の魔法に巻き込まれたのに、ものともしなかった。
「あいつはドラゴンだったときの体質が残っていて、炎が効かないんだ」
シオが驚愕に目と口を大きく開けている。
「じゃ、じゃあ、グリオさんなら、あの至宝も盗りに行けますよ!」
「かもな。だけど、そんなことよりまずはタルニャが先だ! 来るぞっ!」
炎の攻防が始まった。
タルニャが地を蹴った。槍のような鋭い拳の突きがグリオハンへ繰り出される。
グリオハンは戦斧を構え、その柄で拳を正面から受け止めた。生半可な武器なら簡単にへし折られてしまうだろう。
「からくり人形の分際で、我に勝てると思うてかっ!」
グリオハンは戦斧を回して拳を弾き、タルニャの鳩尾に前蹴りを叩きつけた。そして、よろめいて後退するタルニャに、頭上から戦斧を振り下ろす。
しかし、タルニャは片手を斧の頭に添え、その軌道を滑らかに反らした。さらに、グリオハンの懐へと侵入し、脇腹に強力な拳の一撃を叩き込む。
めり込む拳にグリオハンが呻き声を上げ、食いしばった歯から胃液混じりの唾液を吐き出した。
「ああ。接近戦の巧みさではタルニャさんが上です!」
シオが口を覆った。
グリオハンが呻きながら、拳の入った脇腹を撫でる。いかにドラゴンの特性を引き継いでいるとはいえ、その体は人間のそれだ。急所は同じである。
タルニャがさっと構えを取った。次の攻撃が来る。
グリオハンは斧を引き、先手を取って横に薙いだ。武器を手にしているぶん、リーチでは上だ。それで有利に戦える。先の先を取るのはその確信の表れだ。
だが、タルニャは重量のある武器特有の大振りを難なくかわし、体勢を戻すその隙に素早く距離を詰めた。グリオハンの出足に蹴りを入れる。
骨が軋むような強烈なキック。グリオハンの顔が痛みに歪む。
踏ん張りが効かなければ、重みの乗った戦斧の攻撃は出しづらい。タルニャは流れるように逆側の脇腹に拳打を放ち、中段に攻撃が集中すると思ってグリオハンが戦斧を下げたところで、意表をついて横っ面を蹴り飛ばした。
たまらず、グリオハンが膝をついた。唸りながら頬を片手で覆っている。
まるで舞いを思わせるような連撃に、見ているファイレナたちが絶句する。タルニャの見事な体術は、集落のときからすでに見ていたが、実際に人型を相手にしたらこれほどのものかと驚嘆する。
「どうしましょう。ファイレナさん!」
「どうもこうもない。そもそも一対一で戦う制約なんてないんだ。ここから魔法で援護すれば問題ない」
そもそも四対一で、こちらに分がある勝負である。
ファイレナは杖を構えた。魔法矢でも連射すればいくらでもグリオハンの攻撃の機会を作れる。あとは強烈な斧の一撃を叩き込めばいい。
「余計な手出しをするなっ!」
炎の中から怒号が聞こえた。
「……あのバカドラゴン。また、わけのわからないプライドを発揮しやがって」
ファイレナが舌打ちする。
劣勢の中、援護を受けることは、グリオハンにとって敗北に等しいのだ。これまで多人数にすら無双していた暴竜にとって、一対一の敗北は屈辱以外の何ものでもない。
「だったら、さっさと終わらせろよ!」
「半端エルフが。いちいちやかましい」
「いいか、バカドラゴン。ホニクたちにはタルニャを無事に連れ帰るって約束したんだ。ボコボコに破壊するんじゃないぞ。原型を留めた状態で制圧するんだ。わかったな」
ファイレナが穴の縁で偉そうに腕を組んで見下ろす。
「なんだと? 面倒なことを言いおって。こんな玩具、粉々に粉砕してくれるわ!」
「駄目だっつってんだろ! ボケ! おまえは無敵のドラゴンじゃないのか! 誰にも負けない地上の王だろ! だったら、そんな玩具くらい、余裕を持って倒せて当然だろう!」
「言わせておけば好き放題言いおって」
グリオハンは血混じりの唾を吐き捨て、戦斧を握り直した。
「見ておれ。おまえの言う通りにするのは癪だが。そのやかましい口を黙らせてくれる」
シオがファイレナをつつく。
「あんなこと言って大丈夫なんですか?」
「これまでも、あいつのわけのわからない王者ぶったプライドには振り回されてきたんだ。そんなもの、さっさと捨ててくれたら、これまでどれだけ楽だったか、ええ? 私はイライラしてるんだよ。ああ、イライラしてるね! なにが我はドラゴンだーだ、はぁ? だよ。はあぁ? そんなゴミ以下のプライドも捨てられないんだったら、こっちから利用させてもらうだけだっていうんだ! こっちはタルニャを無事に集落に連れ帰りたいんだよ! あのクソドラゴンにそれをやらせる! まったく! クソ! ボケッ!」
格闘家のタルニャ相手に後方から援護すれば、不要な苦労をすることなく、収集をつけられるというのに。ファイレナは瓦礫の破片を蹴り飛ばした。
その隣でアーダンが、両手に口を添えて声を投げた。
「ちなみに言っておきますが、グリオさん! タルニャさんは確実に、グリオさんの動きを待ってから、攻撃しています。やり方を変えないとこれまで同様、相手の思うままですよ!」
言い切ってからアーダンがファイレナに目を向ける。
「ま、口くらいなら出してもいいでしょう。どのみち、勝ってもわらなければ困るんですし」




