ep.70 炎の守護者
「タルニャ。これはキミの仲間じゃないのか?」
タルニャは朽ちた自動人形の傍らに屈み込み、その足を撫でた。
「そう……かもしれません。私は彼等と共にここへ来たのかも知れない」
「こちらにもこういうものが」
隣の柱のところで、アーダンが拾ったものを持ち上げている。膝から下の脚と、もうひとつは屋根瓦のような湾曲した素焼きの板だ。別の個体のものだろう。
興味深いのは素焼きの板の方だ。
ファイレナは天井を見上げた。天蓋は崩れているが、屋根瓦ではなさそうだ。この自動人形がタルニャと同一のものであるとすれば、もともとはこの素焼きの板で顔を覆っていたとも考えられる。
ファイレナは独り言ちる。
「タルニャたちは数体でここへやってきて、何かと交戦した。……あるいは……」
「ねぇ、皆さん。こっちも、見てくださいよ!」
話を遮るシオの声。グリオハンとともに一足先に舞台へ上がり、手招きをしている。
広大な円形に作られた舞台には、すり鉢状の大穴が空いている。そして、その内側が真っ赤に燃えているのだ。神殿から漏れた光の正体はこれだった。
「なんだこれ? まるで巨大な炉だけど」
ファイレナは穴から発せられる熱に目を細めた。
隣でアーダンも燃える穴の様子を見ている。その顔は恐ろしげにしかめられていた。炎は不死者にとっての数少ない弱点なのだ。いかに高位の不死者アーダンであってもその例外ではない。
「これ、おそらく、地中から発生する絶えることのない可燃性物質がずっと燃え続けているんでしょうね」
「ずっとって? この神殿は大昔からあるんだぞ。その頃からずっと燃えているってわけ?」
「ええ。これは決して絶えることのない炎。ですから〈燃え盛る混沌〉と結びつく。いわば神の化身なのです。そしてこの燃える大穴を舞台で囲み、さらにその外側に神殿を作った。そうして聖地となったのでしょう」
「ねぇ! あれ! 見てください!」
シオが興奮ぎみにファイレナを叩いて穴の中心を指差している。
そこには炎の海に浮かぶ小さな島があり、奇妙なオブジェが建っていた。
オブジェは、神殿全体に見られるものと同じ意匠で、捻じれながら上へと伸びる有機曲線を束ねた山のようだった。そのひとつひとつは炎を意識して作られたものだろう。すなわち、オブジェが意味するのは巨大な炎、あるいは、寄り集まった炎ということだ。それは全体的に見れば底面の広い円錐と言った具合で、側面にはひとつだけ穴が開けられている。さながらテントといった様子であり、中は部屋のようになっている。
「間違いありませんね。あれは祭壇なのでしょう。その証拠に」
アーダンが視線をやる先、部屋の中につるりとした楕円系の物体が置かれている。
「卵にしか見えないな」
ファイレナが首を傾げる。まさにその形状は卵。だが、この炎の中で燃えカスにもならずに存在し続ける卵があるだろうか。あるとすれば、それは特別な卵だ。
「不死鳥の卵かもしれません」
アーダンが呟く。
「それは……」
ファイレナが息を飲む。
「はい。古くから蘇生を可能と伝えられる秘宝のひとつです。間違いない。あれが、我々が求めていたものです」
「ようやくか」
これまで神殿にも祭壇にも興味を示さなかったグリオハンが声を漏らした。
「なるほど……誰も秘宝を手にすることができなかったわけだ」
ファイレナの瞳を炎が赤く照らす。その祭壇までは尽きることのない炎が燃え盛り、人の足を阻んでいる。守護者も罠も必要ない。その炎が不埒な闖入者を至宝から遠ざけているのだ。
「タルニャ。ありがとう。キミのおぼろげな記憶がついに私たちを」
ファイレナが振り返る。そこに飛んできたのは外甲殻に守られた鉄拳だ。
まるで予期していたように咄嗟に身を引く。だが、鉄拳が掠った。それだけでも十分な威力だ。ファイレナの体が傾ぐ。思わず後じさった足が丸い瓦礫を踏んで体勢が崩れた。そのまま燃え盛る穴に倒れ込むかというところで、シオが腰元にしがみついて、ファイレナの姿勢を助けた。
「大丈夫ですか⁉ ファイレナさんっ!」
「ってぇ……」
ファイレナは右目辺りを片手で覆い、痛みに顔をゆがめている。
「けど、問題ない。ずっと警戒はしてたんだ。タルニャは仲間とここに来たんじゃない」
見るのは、柱の足元に横たわる壊れた自動人形だ。
「ここを守る守護者だったんだ」
神殿の至宝を狙う冒険者たちを排除する守護者。タルニャだけがノームに拾われたのは、その冒険者たちを追い、どこかで破壊されたのだろう。
「この神殿のガーディアンですか。今はもう完全に記憶を取り戻したので?」
アーダンがメイスを片手に構えながらタルニャへ問いかけた。
しかし、タルニャは無言で構えを取ることでそれに答えた。精巧な瞼が開閉する瞳はアーダンを見透えている。これまでそこに感情らしきものすら感じられていたが、今はただの作り物の目玉だ。
「ふん。ちょうど退屈をしていたところだ」
最後尾からグリオハンが声を挟んだ。
タルニャがさっと振り向く。と、同時に鋭い回し蹴りが放たれ、グリオハンのこめかみを強襲した。
グリオハンの体が揺れる。しかし、倒れない。タルニャの蹴り足を乱暴に掴み、振り回して火の海へと投げ入れた。
「タルニャ!」
ファイレナが目で追う。
タルニャはすでにノームの集落の大切な一員だった。ノームたちには無事に連れ帰ると約束している。仮に自分たちの敵に回ったとしても、素体だけは持ち帰ってやりたいと思っていた。
そのタルニャは、あっけなく燃え盛る炎の中に消えた。
「ん? なんだ、あっけない。守護者など所詮この程度のものか。故に神殿も廃れるのだ」
グリオハンが事もなげに言い捨てる。
「さて、邪魔者は消えた。さっさと目的のものを手に入れて帰るぞ」
しかし、グリオハンの目は祭壇ではなく、今しがたタルニャが消えた方へと引きつけられた。
一同も釣られるように、そちらに目をやる。
立ち昇る炎の間からゆっくりとタルニャの姿が浮かび上がった。作り物の体を炎に焼かれてなお、立ち上がる。否、炎に焼かれているのではない。炎を纏っているのだ。




