ep.69 邪神の神殿
そこには、これまでの不愛想な岩壁の景色とは正反対の大仰な建造物が鎮座していた。五人が歩んでいるのはそこへ至るためのアプローチのようだった。建物までは緩やかな階段状となっており、左右には天蓋を持たない象徴的な巨柱が並ぶ。
どれも酷く劣化し、崩れた踏み段が折れて倒れた柱の様子が、長い時の流れを感じさせた。
「これは……神殿か?」
ファイレナが目をすがめた。
「間違いないですね」
答えるのは神官アーダンだ。
「地下世界には、かつて迫害を受けた異教や、表だって喧伝できない邪教の神殿や聖地が存在します。ここも、かつてそのように機能していた場所でしょうね」
すなわち、地上では見ることのできない、隠れた信仰を守り続けた建物なのである。
「っていうか、アーダンさんがそもそも邪教でしょう?」
シオが振り返る。
「は? 失礼な。私は正当な信仰ですよ」
「こいつの場合はカルト教団っていうんだよ。如何わしさはトントンだけどな」
「ファイレナさんまで……。ここまで来られたのは誰のおかげか、忘れないでいただきたいですね」
アーダンが表情をしかめた。
階段を上り切って建物の入り口、巨大な両開きの門の前に辿り着いた。
どちらの扉にも蛇がのたくったような抽象的なレリーフが施してある。建物外観に見る全体的な印象も、どこか人間を不安にさせるような座りの悪い意匠で飾られている。
見上げると、不規則に配された窓と思しき開口部から光が漏れており、中に灯りとなるものがあることがわかる。
ファイレナは魔術杖に触れ、警戒を強めた。もしかすると中に何かいるかもしれない。
「なんだか薄気味が悪いけど……ここが、タルニャの記憶の場所ってわけ?」
ファイレナがタルニャに水を向ける。
「ええ。どうやらそのようです」
タルニャがそっと指先をこめかみに触れた。
建物外観をじっくりと観察していたアーダンが口を開いた。
「もしかすると、ここはウィレヴェシュトの神殿かもしれません」
「ウィレヴェシュト?」
ファイレナは聞き返す。
「ええ。魔術師のファイレナさんなら、名前くらいは聞いたことがあるかもしれませんが」
アーダンはシオとグリオハンに目をやる。
シオは首を振り、グリオハンは首を捻った。
アーダンは先を続ける。
「創世神話に出てくる古の支配者のひとり、有り体に言えば邪神です。不定形の巨大な体を持つ獣、とりわけ大鷲や熊の姿で現れますが、その正体は炎です。この世を燃やし尽くして無へ返す神。後世付いた呼び名が〈燃え盛る混沌〉」
「よくわかったな」
そう言いながらもファイレナはまだ懐疑的だ。
「ええ。〈燃え盛る混沌〉ウィレヴェシュトは炎の信仰なのです。おそらく、この抽象的で規則性を感じさせない意匠は、揺らめきながら常に姿形を変える、不定形の炎を表したものでしょう」
「人目に付かない地下にあることからも、ただの炎信仰じゃない。とすれば、邪神を祀った神殿だろうってことか」
「え~……。だったら、ハズレかもしれませんよね」
シオが口を挟む。
「だって、破壊の神様の神殿に蘇生の秘術なんてありそうな気します?」
「ところが、そうとも言えないのですよ」
アーダンは首を振った。
「ウィレヴェシュトの本来の目的は再生、再構築なのです。現世を組み替えるための無への回帰。それがウィレヴェシュトなのです。ただ、まずは全てを破壊するところからなので悪しき神とされましたが」
「つまり、再生に基づく破壊か」
ファイレナがうなずく。
「再生に基づくものが祀られているのだとすれば、それは蘇生の秘術であったとしても不思議ではないとは思いませんか?」
アーダンの口調はたっぷりの自信に満ちている。
「説得力はある。タルニャはどうだ? 何か思い出せるのがあればいいんだけど」
ファイレナがタルニャに水を向ける。
「今はまだわかりません。ただ、中に入れば何かきっかけが掴めるかもしれません」
「じゃあ、入って確かめるしかないな」
ファイレナは門に触れ力一杯押した。しかし、びくともしない。舌打ちし、今度は体当たりよろしく体を押し付けて体重をかけてみる。しかし、まるで駄目だ。
アーダンがファイレナの肩にそっと手を触れた。
「ただでさえ大きな扉です。その上、老朽化で蝶番が馬鹿になってる可能性もあります。変な怪我をする前に、他の方法を探した方がいいでしょう。開口部は他にもあるようですから」
アーダンは光の漏れる窓を指差した。だが、小窓のようなそれでは、ファイレナやシオはともかく、グリオハンは中に入れそうにない。
「ファイレナさーんっ! ここから入れますよっ!」
シオが手招きをしている。
見れば、壁の一部が破損して穴が空いている。グリオハンでも屈めば入れるくらいの大きな穴だ。
「なんだか人為的に開けた感じがしますね。盗掘屋が開けたんですかねぇ」
シオが頭を下げる程度で、苦労もなくするりと穴を抜けると、残りの者たちもそれに続く。
「人が踏み入った形跡か。蘇生の秘術がもう盗られてなきゃいいけど」
中の損傷は思った以上に酷かった。壁には至るところに枝分かれしたひびが入り、一部、天井が崩落している場所もある。
「酷い有様だ。探せばいくらでも中に入る手段はありそうだったよ」
「見てください、ファイレナさん。光の元はあれですよね」
シオの指が差す方、広大な室内の中央に、階段状に作られた舞台がある。その舞台から光は発せられていた。
皆の足が自然とそちらへ向く。
辺りにはその舞台を中心として、放射状に巨大な彫像が配されていた。どれも崩れており、大きな瓦礫がそこら中に転がっている。辛うじて無事なものでも、半ばあたりまでしか残っていない。
どれを見ても、その彫像の元の姿を想像するのは難しかった。アーダンの言うところの、抽象的で規則性を感じさせない意匠を鑑みると、なおさらだ。
ファイレナの足先に何かぶつかる感触があった。見れば、崩れた柱の足元に何かが横たわっている。
「これは……」
それを見てファイレナがハッと息を飲んだ。それは人工の脚部、つまり自動人形の足だったのだ。視線を移していくと、二本の脚以外にも体は胸部まで残っている。両腕と頭部は欠損していた。




