ep.68 崩落からの生還
大惨事である。崩れた岩と、巨大ムカデ型モンスターの亡骸、それらとともにファイレナたちは落下した。
完全な暗闇の静寂に光の魔術球が出現した。辺り一面に舞い散る砂埃が照らし出される。
降り積もった瓦礫の中から、やっとの思いでファイレナは這い出した。
「げほっげほっげほっ! おえっ……ぺっ!」
吸い込んだ埃と砂を咳と唾と共に吐き出し、顔を上着の袖で拭う。
「みんな! 無事か!」
張り上げた声が大きく反響する。どうやら、自分たちが落ちた空間はずいぶん広いらしい。
ややあってから、いまだ伏したままのファイレナの眼前に、ブーツの足先が現れた。さっと彼女に手を差し伸べたのはアーダンだった。さすがは不死者というところだ。
「おまえは大丈夫そうだな」
「おかげさまで。シオさんも無事です」
アーダンの後ろからシオが顔を出した。痛々しかった脊椎鞭での傷痕も、治癒魔法で癒えており、いつもの元気も取り戻していた。
「ひゃー……死ぬかと思いました~」
「私が治癒し、不安を取り除く魔法までかけたからですよ。もう少し感謝してほしいですね」
「ほっぺにチューでもすればいいですか?」
「そんなことで私が喜ぶと本当にお思いですか?」
凍てつくような目にシオがしゅんとした。
「して、後のおふたりは?」
アーダンが辺りを見回す。
「わからん。タルニャはともかく、クソドラゴンはまぁまぁ酷い傷を負っていたからな」
「探しましょう」
「この辺りにいるはずだ。私と一緒にいたんだから」
放していると、瓦礫のひとつがゆっくりと持ち上がり、その下からグリオハンが体を起こした。血だらけ傷だらけだ。それでも、大きな瓦礫を持ち上げ、薙ぎ倒す。そこからタルニャが這い出てきた。
「おふたりとも無事でしたか」
アーダンがにっこりと笑う。
一方、ファイレナはいぶかしげに目を細めている。
それを見逃さないアーダンだ。
「ファイレナさん。グリオさんなら死んでよかったと思っているのでしょう? ですが、これからまだ苦難があるかもしれないのです。まだまだ人数が多いに越したことはないんですよ。邪魔者を排除するなら、目的のものを手にした後でもいいじゃないですか」
「いや、そういうつもりじゃ……」
グリオハンは瓦礫からタルニャをかばっていたように見えた。
ファイレナはここに至るまで、唯我独尊の元ドラゴンの内側に、仲間意識や協力という観念の萌芽を感じていた。これが、今度は明確に他者を守ったのだ。損得勘定とは別にだ。その上、タルニャは人間ですらない。修理すれば再び動く自動人形なのに。
ファイレナは独り言ちる。
「人間的な成長……? 本当か?」
「あーっ! ない! ないぃっ! 魂砕きの短剣がっ!」
突然、シオの叫び声が木霊した。心底慌てた様子で瓦礫の中を探っている。
ファイレナとグリオハンは目を合わせ、静かにアーダンに向かって戦闘態勢を取った。ファイレナは魔術杖を、グリオハンは戦斧をその手に握る。
「え? ちょ、ちょっと待ってください! 魂砕きの短剣を失えば、即座に私が敵対すると思っているのですか?」
ふたりは無言だ。
「落ち着いてください! 魂砕きの短剣はここにあります! 私が先んじて拾っておいたのです!」
もともとはこっそりとシオから奪っていたものだ。しかし、今、地の底で味方を全員失うのはまずい。冷静な判断と早い決断で、さっと短剣を差し出す。
それを横からシオがかっさらった。
「なんだ! 驚かせないくださいよ!」
ファイレナはアーダンに睨みを利かせながら、そっと魔術杖をしまった。
「まだまだ人数が多いに越したことはない。邪魔者を排除するなら、目的のものを手にした後でもいい。たしかにな?」
アーダンはただ肩をすくめるだけだった。
「さて、で? 我らは今、どこにいるのだ?」
グリオハンが辺りを見渡す。
四人の足元には、崩れた瓦礫が散乱しており、ところどころから、巨大ムカデの体節や足が覗いている。
見渡す四方は巨大な闇が広がっており、ここがこれまで辿った通路とは違い、広大な空間であることがわかった。
「溜息が出るな……」
先の知れない空洞や巨大な空間に身を置く度、自身が生きていた地上世界の下に、このようなもうひとつの世界が存在していたことに、ファイレナは驚きを隠せないでいる。
「このどこかに、蘇生の秘術が存在する……ということですが……」
アーダンは自身の言葉を噛みしめた。
それが真実であったとしても、果たして見つけることができるのだろうか。地下世界は、地上と同じくらいに広かった。
「見てください」
唐突に言い出したのはタルニャである。その指が差す方に、ぼんやりと光る何かが見えた。
「あれは?」
ファイレナが目を凝らす。
「通路が瓦解したことで、図らずも近道になったようです」
「タルニャ……」
「記憶が、私をあそこへ導いています」
「よし。そこに蘇生の術があるのだな。向かうぞ」
グリオハンが率先して足を踏み出す。
「待てよ。おまえは大怪我をしてるんだ。まずその手当てをしてからだろ」




