ep.67 害虫駆除
一方、グリオハンは体節の縁に手をかけ、必死にしがみつきながら、その接合部分に何度も戦斧を振り下ろしていた。振り回され、壁や床に叩きつけられてもなお、振り落とされずに斧を振り続けている。
戦斧が振り下ろされるたび、体節と体節を繋ぐ接合部位から、体液の飛沫と蒸気が噴き上がる。グリオハンの顔は飛び散った体液に塗れている。
ファイレナが岩壁の影から顔を覗かせた。
「ムカデが大人しくならないのは、あいつの所為じゃないかっ!」
だが、それはルード・クロウレスに効いている証拠だ。
女の上半身がぬるりと闇から顔を出し、グリオハンを叩き落すために、脊椎鞭を振るった。体節の甲殻が傷ついても関係ない。もろともグリオハンの肉体を削ってやろうというのだ。
脊椎鞭が無防備なグリオハンの背中を何度も痛打し、ずたずたにしていく。
「うおおおあああっ!」
痛みなのか、振り落とされまいと粘るためなのか、グリオハンが腹の底から絞り出すような唸り声を上げた。そこにはドラゴンだった片鱗さえ感じさせる。
「グリオハンさん! 援護しますっ!」
タルニャが猫のようなしなやかな動きで、のたくる体節を足場にして飛び上がり、グリオハンの背後へ出た。
猛然と振るわれた脊椎鞭を真正面から受ける。ガリガリと外殻を削られながらも、タルニャがその脊椎鞭を両腕で掴んだ。
「ふん。どのみち、すぐに終わるところだったがな!」
強がりに聞こえるグリオハンの言葉どおり、ムカデの長い体が不安定に千切れ始めた。
そこからは早かった。
ルード・クロウレスが暴れる反動で、みるみるうちに裂け目が広がり、ついにはそこからムカデの体が断ち切れたのだ。
切断された下半身が、絡まり、折り重なって通路に落ちた。通路全体が激しく揺れた。
下半身はいまだ、うねうねと蠢き、無数の足がカチカチと震えている。だが、じきに収まるだろう。
一方、数節の体節を残した上半身は、自身の下半身の上で、気の狂ったような怒りの奇声を上げている。
これでずいぶん、戦いは楽になる。ファイレナの口元に思わず笑みが零れた。
「これはもう、ムカデじゃないな。精々カマキリって言った方が近いんじゃないか」
「おい、いつまで楽をしている? 忌々しい害虫をさっさと駆除するぞ」
グリオハンがファイレナを焚きつける。
「わかってるよ。今度こそ外さない」
再びの詠唱。さきほど失敗した雷の魔法をもう一度練り上げる。
脊椎鞭はいまだにタルニャがしっかりと握って押さえている。ルード・クロウレスはついに、その得物を捨て、徒手空拳となって、自身を切断したグリオハンへ襲い掛かった。
「体が千切れ、武器もなくして、そんな体たらくで我に勝てると思っておるのか! 舐められたものよ!」
グリオハンは、炎の戦斧を振りかぶり、迫り来るモンスターに向かって薙ぎ払った。
しかし、ルード・グロウレスは予期していたかのように飛び上がり、グリオハンの頭上を越えた。残ったムカデの足が大きく開き、グリオハンの体を抱きすくめる。
まるで格闘技だった。そのまま地面へ転がり込んだルード・グロウレスは身動きを封じたグリオハンに向かって、サッと手を上げた。その手には、切断された自身の足が握られている。足先はナイフのように鋭い。刺突武器と化したそれをグリオハンの腹に突き刺す。
「ぐあああっ」
たまらずグリオハンが苦悶の声を上げる。
ルード・グロウレスは、さらに容赦なく足を引き抜き、再び手を振り上げた。
「させません!」
横合いから拳を握ったタルニャが迫った。
それに気付いたモンスターは、得物を持ち替え、タルニャを薙ぎ飛ばす。
そして、改めて、グリオハンに向かって手を振り上げる。
「待たせたな」
通路の中が一瞬、輝いた。
ファイレナの手から放たれた雷光が紫電を散らしながら、一直線にルード・グロウレスへ走った。《雷神の怒り》。今度は外さなかった。
上半身直撃だ。
破裂音とともに高温を帯びて弾ける。さらに貫通した雷光はその後ろの岩棚をも吹き飛ばした。
グリオハンが足の戒めを解き放ち自由になる。
「最後まで楽しませてくれたものだっ!」
言葉とは裏腹に憤りと怒りに満ちた顔だ。
グリオハンは戦斧を振り上げ、すでに絶命しているルード・グロウレスの体に全身全霊を込めた叩きつけを見舞った。
残ったムカデ型モンスターの上半身が真っ二つになる。
グリオハンはそれを見下ろして、ようやく満足そうに鼻を鳴らした。
「……さすがに、やりすぎだろ」
グリオハンは不愛想に背中を向けた。その背中は脊椎鞭の攻撃を受けて、目を当てられないほど酷い傷を負っている。
ファイレナが思わず眉を潜める。
「……なぁ、クソドラゴン。おまえの体は治癒魔法が効かないんだ。あんまり無茶ばっかりするなよ」
「誰に向かって偉そうな口を叩く。この程度で死ぬ我ではないわ」
「……なんて、鬱陶しいやつだ。せっかく心配してやったのに……」
ふたりの傍にタルニャが歩み寄った。
「ファイレナさん、薬草をすり潰して作った塗り薬も持ってきています。そちらなら、グリオハンさんの傷には効くかと思います」
「おお、用意がいいな、タルニャ。ありがとう」
「いえ、アーダンさんが必要なものをすべて教えてくれましたから」
「ほー。あいつ、意外に神官らしいことするじゃないか」
そのアーダンはシオの治癒に専念していたはずだ。巨大ムカデがのたくる通路で無事にいられたのか。ファイレナはその姿を探した。
そのとき、通路が揺れた。
ファイレナは思わず両脚を踏ん張った。
「まさか、まだ他にもモンスターがっ⁉」
タルニャがかぶりを振る。
「いえ、魔物の気配はたしかになくなったはず。それに、この振動はこれまでのものとは違うものです。……おそらく……」
「おそらく?」
そのとき、足元に違和感が走った。底の抜ける感覚。床が、岩壁が、崩落する。
「通路が崩れたのです!」
タルニャの言葉とともに、一同が一斉に落下した。




