ep.66 地下道の死闘
三人が戦闘の再開に備えている間に、ルード・クロウレスは通路を這い回り、一行を長い体で取り囲んだ。
まるで黒いトンネルの中にいるようだ。そして、そのすべてが獲物を引き潰さんと波打っている。
先制とばかりに、グリオハンが振り上げた炎の戦斧を体節のひとつに叩きつけた。
バキリと硬質の音が響いて、甲殻がへこんで裂け、染み出た体液が炎に触れて泡立つ。
「さすがの威力だけど、相手の体が大きすぎて大した効果がないか」
ファイレナが舌打ちする。
「ファイレナさん! グリオハンさん! きますっ!」
タルニャが声を上げた。闇の向こうから女の上半身が現れ、脊椎の鞭を振るった。
斧を構えたグリオハンと、両腕を防御の形にしたタルニャが、ファイレナの前で壁になる。その固い防御の壁を穿とうとする、ビシビシという脊椎鞭の音が響いている。
「ファイレナさん! やはり、弱点は上半身でしょう。鞭の攻撃をするときには、近づいてきます。そこに攻撃を合わせましょう!」
「わかった!」
ファイレナは杖を構えて詠唱を開始した。
「小癪な虫ケラよ! 穴倉で眠っておればよかったと後悔させてくれる!」
グリオハンは、脊椎鞭の攻撃が一度引いた瞬間を狙って、ルード・クロウレスへ飛びかかった。下から上へと振り抜く戦斧が、真っ赤な尾を引いて暗闇を走る。
対してルード・クロウレスは、並んだ太いムカデの足で幾重にも十字を作り、グリオハンの斧を受け止めた。
バキバキという耳障りな音と、キチン質が焼ける匂いが立ち、数本の足が吹き飛んだ。
「アァ―――ッ!」
ルード・クロウレスが悲鳴にも怒りの咆哮にも聞こえる奇声を上げた。
「ちっ」
グリオハンが舌打ちする。一撃で本体とも言える女性の姿の上半身を引き裂くつもりだったのだ。足ごときを何本断ったとて、大した成果とは言えなかった。
しかし、冒険者側の攻撃は終わっていない。グリオハンの足元にタルニャがいた。縮めた体をバネのように伸ばし、飛び上がって拳を突き上げる。狙いは女体とムカデの接合部分だ。防御に使える脚はすでに失っている。
腹側は背中側に比べて甲殻が柔らかい、鋲付きの鉄拳がそれを突き破り、どす黒い緑色の体液が飛び散った。
「ィアアァァ―――――ッ!」
今度は明確に苦痛を帯びた悲鳴だ。
「どけっ!」
背後から飛び上がったファイレナが声を放つ。その両手から激しい紫電をまき散らしている。
「こいつを食らえっ! 《雷神の怒り》ッ!」
しかし、ファイレナが雷の魔法を放つのと、ルード・クロウレスが通路いっぱいに暴れ出したのは同時だった。
辺りを埋め尽くす固い体節が一斉に波打ち、通路の中にいる者たちを四方八方から襲った。固い甲殻が容赦なく迫り、すり潰そうと押し寄せる。まるで巨大なワーム状生物の腸内で、排出を待つ消化物になった気分だ。
ファイレナも、思わぬ方向から体節の体当たりを喰らって倒れ込んだ。
せっかく練り上げた雷の魔術もあらぬ方向へ飛んで、吹き飛ばしたのは魔物ではなく天井だった。ガラガラと岩の瓦礫が降り注ぎ、欠片のひとつで額を切る。
伝い落ちる血が目に入った。
「くそっ! せっかくあいつらがチャンスを作ってくれたのに!」
自身に悪態を吐く間にも、巨大ムカデは無差別にのたくり回っている。
ファイレナは岩壁のわずかな窪みへ滑り込んだ。ぼさっとしていると、いつ、体をすり潰されるかわからない。
「おーい! みんな無事かっ!」
ファイレナの声に返答する余裕のある者などいなかった。
アーダンはシオに治癒魔法を施している最中だった。
のたくる黒い巨体がその邪魔をする。
「シオさん! 一旦、安全なところへ退避しますよ!」
アーダンがその手を引こうとする。震えて固まるシオはその場を動かない。恐怖で動けないのだ。あの脊椎鞭は物理的な殺傷能力だけでなく、その見た目と威力から、相手の精神にも影響を与える力もあるらしい。
アーダンは途端に冷静になり、シオの懐をまさぐった。手にするのは鞘に収まった魂砕きの短剣である。
自身に致命傷を与える武器。これを手中に収めれば、こすっからい盗賊の娘などどうなってもいい。〈影の道〉に追われているのもこの娘の所為なのだ。
「〈影の道〉……」
アーダンがひとり呟き逡巡する。
途端にシオが大金で膨らんだ革袋に見えてきた。
「生きて引き渡せば、史上最高額の賞金が手に入る。それに、あの悪辣な盗賊ギルドを敵にするでもなく、味方としてパイプを繋げることも可能。まったく、なんと利用価値があるんでしょうね、あなたは!」
アーダンはシオを抱きかかえて引き摺り出した。
「たしか、ルガンの神官だったころ、不安を取り除く魔法を使っていた記憶があります。なんとか思い出してかけて差し上げます。ですから、自力で立ってください!」




