ep.64 過酷な道のり
一行は仲間にタルニャを加え、再びの地底探索へ戻った。
ノームの集落を離れるにつれ、再び明かりのない世界へと沈んでいく。魂を押しつぶされるような闇の中では、ファイレナの魔術の光だけが頼りだ。
タルニャの案内で〈深層〉の道なき道を進む。これが思いのほか大変な道のりだった。
地上から〈深層〉へ入ったあとの探索は、進みやすい道を選んでいたし、道中でノームの親子と遭遇した後は、集落への道筋というすでに開拓されたルートを進んでいた。
しかし、この二度目の探索では、タルニャが容赦のない過酷な道を選ぶことも少なくなかった。ただ、それが記憶の場所への唯一のルートならば、従わざるを得ない。
ときに岩棚を伝い下り、ときに岩壁を這い上る。乱立する石筍を避けながら進み、垂れ下がる鍾乳石の下を這う。
自動人形のタルニャの他、小柄ですばしっこいシオ、自在に霧になれるアーダン、体力が無尽蔵のグリオハンに比べ、ファイレナの疲労は激しかった。
「ごめん、みんな。ちょっと休憩させてほしい」
ついにファイレナが岩壁に背を預けてへたり込んだ。
「おい。これでもおまえの速度に合わせているのだぞ。その上、休みたいだと?」
殿を務めていたグリオハンが、腕組みしてファイレナを厳しく見下ろす。
ファイレナは射殺すような視線で見上げた。今にも、因縁をかけた最終決戦でも始まりそうな剣呑な空気が漂う。
そのふたりの真ん中にシオが割り込んだ。
「まぁまぁ。おふたりとも、こんなところで無駄な体力使わないでくださいよ」
アーダンも同調する。
「実際、地上の旅とは比べ物にならないくらい道のりは過酷です。もっと楽な道のりはないんでしょうか? タルニャさん」
「地底は道が入り組んでいて、私もそのすべてを把握できているわけではありません。ただ、記憶にある道筋はひとつしか知らないのです」
「でも、道がひとつとは限らないんでしょ? 別の道を探してみるっていうのも悪くないんじゃないですか?」
だが、それには当のファイレナがかぶりを振った。
「無事に目的の場所に辿り着けるかも分からないんだ。遠回りになってかえって体力も時間も使う可能性がある。今のまま行こう」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。休憩さえさせてくれたらさ」
ファイレナは水筒を煽った。体に染み渡る水の冷たさに思わず溜息を漏らす。
「むしろ、ファイレナさんの体力に合わせて、休憩を取るのはいいかもしれませんよ」
ファイレナを支持するように、アーダンが隣で率先して腰を下ろした。
「地上では昼と夜がありますから、時間で休憩を取れますが、〈深層〉にはその基準がありませんからね」
「なるほどぉ。では、この辺りでしばらく休憩ということにしましょう」
シオがパンと両手を合わせた。
タルニャは自動人形の設計上、ファイレナたちの決定には従順である。
ごねるならグリオハンだが、結局はグリオハンも異論を唱えることなかった。それどころか、誰よりも先に横になり、寝息を立て始めた。
食事の必要な者は、干し肉を齧りながら体力の回復を待つ。
ファイレナは、瞑想でもするかのように目を瞑って静かに座るアーダンに少し顔を寄せ、耳元で囁いた。
「道中、タルニャの様子をどう見てた?」
アーダンは片方だけ目を開け、ファイレナに向けた。
「今のところ、妙な様子はありませんね。集落にいたときと同じように、我々には従順で、案内役という役割を全うしようとしているように見えました」
ふたりは少し離れたところで、見張りをこなすタルニャの様子に目をやる。
「そうか。目的地に到着するまでこの調子ならいいんだけどね」
「しかし、ずいぶん警戒しますね。まぁ、ファイレナさんらしいと言えばそうですが」
アーダンは苦笑する。
「こんな地底で自動人形が打ち捨てられていたっていうのが、どうもひっかかるんだよ」
「ノームたちが護衛役に連れていたように、どこかの冒険者が地上から連れて来たのでしょう。そして、地底の魔物と遭遇した。タルニャさんは身を呈して冒険者を逃がした。そんなところだと思いますけどね。ファイレナさんはどう思ってるんです?」
ファイレナは噛み千切った干し肉を唾液で柔らかくしながらしばらく咀嚼して、ようやくその質問に答えた。
「〈深層〉には表立っては活動できない邪教の神殿もある。あるいはダークエルフの里とかもな。そういう場所で衛兵のように配されていた自動人形が、侵入者との戦闘で破壊された。私はそういう可能性を考えてるんだ」
「今はホニクの大将の調整で従順だけれども、本来の記憶を取り戻したとき、我々に牙を剥くかもしれない、と。そういうことですか」
「まぁ、そういうことかな」
「飛躍した予想とも言い切れませんね。やはり、警戒は続けるべきですか……」
そんな折、シオとタルニャが並んでファイレナのところへ戻ってきた。
「ファイレナさん。タルニャさんが妙な気配を感じるって」
シオの小声が小さく響く。
タルニャは腰をかがめ、片手を地面に押し当てている。その白磁の面がファイレナを見上げ、瞬きをした。
「わずかな地面の揺れを感知しています。地底を何かが動いています」
「私たちのところへ向かってきてるのか?」
「我々を目指してきているとは断言できませんが、近づいているのは間違いありません」
腹を掻きながら寝ているグリオハン以外の三人が目を配り合う。
「私たちを探しているっていうことは?」
「可能性としてはあります。私は今、地面を伝う振動で、その何者……いえ、ほぼ魔物と断言できるそれが近づいているのを知覚しています。向こうがそれをできないとは思えません」
シオが身を乗り出す。
「ファイレナさん。これまでの私たちの足取りをどこかで感じていたんですよ。休憩に入ったことで、移動の際の振動が消えたから、探しているんだと思います」
ファイレナがしばらく無言で思案した。
「一旦、様子を見よう。収まるようなら収まってから行動を再開する。収まらないようなら、どこかで交戦することも踏まえて先に進むしかない」
「どのみち、止まるっていう選択肢はないんですもんね。了解です」




