ep.63 タルニャ再起動
約束の日数が過ぎた後、四人は最下層の工房街へ向かった。
「ようやく出発か。退屈であったな」
グリオハンが大口を開けてあくびをする。
工房では、房主のホニクと助手のイニヨンが、修理を終えたタルニャの運動能力を確認する作業を行っていた。
タルニャは体操とも格闘技ともとれる動きを繰り返している。それは大胆にして繊細。
「おお」
皆が思わず感嘆の声を上げる。
金属製の外甲殻とその隙間から覗くからくり仕掛け。その無機的な姿からは想像できない有機的で滑らかな動きだった。
「これが本当のタルニャなんだな」
ファイレナが目を見張る。
イニヨンが足元に転がった拳大の石を拾い上げた。
「大将が完璧に修理をしてくれました。見てください」
そして、それをちょうど後ろを向いたタルニャの後頭部に向かって投げつけた。
「タルニャッ」
するとタルニャは、円弧を描くコンパスのように左のつま先を軸に半回転し、飛んできた石を伸ばした脚で蹴り飛ばした。格闘家の力強さに踊り子もかくやという優美さを持ち合わせた、芸術的な後ろ回し蹴りだった。
「おおおっ!」
シオが思わず拍手をする。アーダンもつられて手を叩いた。
蹴り飛ばされた石は上層まで飛び、遠くで誰かの呻き声が小さく聞こえた。
「お見事! タルニャは格闘家なんだな」
やはり拍手で称えるファイレナの眼前に、タルニャが握った右手をゆっくり突き出した。
拳の部分には一際分厚く頑丈な金属板がはめられていて、さらにその上に尖った鋲が打ち込まれている。生半可な鎧など粉砕してしまいそうな物々しさで、この拳で殴られたら生身の人間などひとたまりもないだろう。
タルニャは見せた拳を左手の平に宛がい、時計の針のような礼をした。
「感謝を伝えるのが遅れて申し訳ありません。行動不能になった私を助けていただいて、本当にありがとうございました」
陶器製の仮面の精巧な瞼が開閉する。その滑らかさな動きは本当に人間の瞬きに見える。一方で、無垢な少女のような口元は一切動かず、声はその奥から聞こえてくる。
ファイレナは感謝を向けられている最中にも関わらず、その原理が気になり、仮面の裏側でも探るかのように、わずかに体を傾げていた。
「さぁ、修理はバッチリ完了しとる! いつでも探索に出られるぞ!」
ホニクがタルニャの尻をバシっと叩く。
「我々も準備は出来ています。良くも悪くも〈深層〉は昼夜がありませんから、地上のように太陽のあるうちに、という時間間隔は無意味ですしね」
一発で壊れてしまったメイスもノーム製のものを新調し、いつになくやる気を見せるアーダンだ。
「では、早速、案内をいたしましょう」
タルニャが動こうとしたとき、ファイレナが片手を差し出した。
「実は、そのことなんだけどさ。少し考えたことがあってね」
ノームのふたりが不思議そうにぽかんと口を開ける。
「ノームはドワーフなんかとは違って好戦的な種族じゃない。タルニャはこの集落にとっても貴重な戦力のはずだ。だから、場所さえ教えてくれれば、後は私たちだけでそこへ向かうよ」
「え? タルニャの案内はいらないってことですか?」
イニヨンが尋ねる。
「戦力なら間に合っているからね」
ファイレナは逞しい腕を組んで仁王立ちしているグリオハンに顎をしゃくった。
「タルニャさんが帰ってくる保証もないんですよ、皆さん。それだと困るでしょ?」
シオが言い足す。この案は、ファイレナの咄嗟の思いつきなどではなく、パーティ全員の総意だった。
「だから、詳細な場所だけ教えてほしいんだ。できれば、地図も書いてほしい。地図はかけるかな?」
ファイレナが柔らかく両手を広げた。
タルニャは凛とした立ち姿のまま無言で佇んでいる。
「まぁ、あんたらの言うことはたしかにその通りだな。それもわしら集落のことを考えてくれてのことだろう。あんたらがそれでいいなら、わしらもその方がええ」
ホニクはタルニャの背中を撫でた。このノームにとって、その自動人形は大事な一人娘なのだ。
「父さま。私はこの方たちと一緒に行きたい」
ふいに言葉を紡いだタルニャに皆がぎょっとした。
「……と、父さまって呼ばせてるんですね」
シオが片手で口を覆う。
「そこじゃないだろ」
ファイレナがその後頭部を杖で小突いた。
「珍しいな。おまえが自分の希望を主張するなんて。一体、どうした?」
ホニクは鷹揚な態度でタルニャへ目をやる。父親の顔だった。
「私は、地の底に打ち捨てられていたところを、この集落の皆さんに助けていただいて、今こうして暮らせています」
タルニャの声は落ち着いていて耳に優しい。しかし、その抑揚は小さく、自動人形らしい感情の読みづらい響きがある。
「私はそれで充分幸せです。ですが、一方で私は、かつて自分がどこにいて、何をしていたのか知りたくもあるのです」
「この集落に来る前のことは、何も覚えていないんだな」
ファイレナは握った杖で自身の肩をトントンと叩きながらタルニャの横顔を見ている。
タルニャはうなずいた。
「お願いします。私も連れて行ってもらえないでしょうか」
タルニャはファイレナへそう言うと、続いて、再びホニクに顔を向ける。
「父さま、お願いします。私も皆さまと一緒に行かせてください」
ホニクは左手で右肩を揉みながら、溜息を吐く。
「おまえが行きたいなら、別にわしは構わん。これまでだって何度も探索には行っとるんだしな」
後はファイレナたち次第。ホニクが四人へ目を向ける。
「ま、うちのリーダーは結局、ファイレナさんですからね」
シオはファイレナの最終決定を待った。残りのふたりも意思は同じだ。
ファイレナは三人の旅の仲間たちに訳ありげな視線を向けた。自らの選択を言葉ではなく眼差しに込めている。
「わかった。タルニャ。そこまで言うなら、きみに道案内を頼もう」
「ありがとうございます」
タルニャが小さく首を垂れた。
「では、しばらくタルニャを借りるよ。道中、危険があるのは間違いないだろうけど、私たちは必ず戻って来るつもりだ。タルニャもきっと無事に返す」
「ああ。そのときは盛大に祝おう」
ホニクが笑い声をあげる。
「お祝いってまたあんな料理がふんだんに出るんでしょうかね」
シオがぼそりと呟く。
ファイレナはうんざりした様子で嘆息した。




