ep.62 美貌の自動人形
日が変わり、四人はタルニャの修理が済むまでの自由時間を得た。
地下をねぐらとするノームの集落は、地上に住む種族とは大きく文化が異なっており、ファイレナたちにとっては目に映るものすべてが珍しかった。だが、それが必ずしも魅力的かと言えばそうではない。
景色のほとんどが薄暗く照らされた岩壁で、地下世界に住む種族特有の陰気さが緩やかに支配する集落の様子は、太陽の元で暮らしていた四人をすぐにうんざりさせた。
「人のいるところで安全に過ごせるのはいいですけど、早く出発したいですね」
集落下層の広場をシオとファイレナが並んで横切っている。
「食事も口に合わないし、寝るところも吹きさらしで落ち着かない。何作ってるのか知らないけど、夜中まで何やらカンカンカンカン響いてるもんな……」
ふたりが向かっているのはカスールのところだ。
ファイレナとシオはタルニャのことが気になっていた。特にやることもない集落の中で、持て余す暇があるのなら、気になる事柄を明確にしようという思惑だ。
「アーダンさんはどうしてるんです?」
「メイスが一発で壊れたから新しいものを新調するらしい。それで、腕のいいノームの職人を探すんだってさ」
「グリオさんは?」
「寝てる」
カスールのところへやってくると、ファイレナは近くに無造作に置かれていた石の塊をコンコンと叩いて訪問を告げた。
カスールは双眼鏡のような物々しい眼鏡をかけて、細かい作業に没頭しているところだった。彼の向かう作業台には、その完成品と思われる成果物がいくつも並んでいる。小さな部品を組み上げてできていることは、ファイレナたちにもわかったが、それが何に使われる代物なのかは判然としなかった。
「作業中に邪魔しちゃったかな」
ファイレナが言うと、カスールは眼鏡を額まで上げ、ファイレナたちに体を向けた。
「いえいえ。ちょうどひと息つこうと思っていたところです。何か、困りごとでもありましたか?」
「いや、まぁ、そういうわけじゃないんだけどね。少し聞きたいことがあって」
「はぁ。私に答えられることでしたら、なんでも」
カスールは柔和に笑う。
「実は、タルニャのことを少し知りたくてね」
ファイレナは上に何も載っていない架台に勝手に腰を下ろした。シオは同じ架台に肘をつく。カスールは特に不満そうにする様子もない。
「あれは一体、どういう自動人形なんだ?」
「まぁ、〈深層〉は危険な生物も住んでいますし、〈奈落〉からもっと恐ろしい魔物が現れることがありますから、我々の護衛用に作られた自動人形ですね」
カスールは工具を置いてパイプを手に取り、草を詰めて火を点けた。その煙をうまそうにゆっくりと吸い込み、吐き出す。
ファイレナはかぶりを振る。望んでいる答えからは遠かった。
「あれは、一からこの集落の工房で作られたものなのかな? 何か特別な背景がある気がしてならないんだけど」
カスールはようやくファイレナの質問の意図を理解したのか、大きく一度うなずいた。
「なるほど。ええ、たしかに、タルニャは工房で一から作られた自動人形ではありません。打ち捨てられていたものを工房で引き取って、素体の改良を施し、新しい役割を与えた自動人形なんです」
「そういうことか。これで合点がいった」
「ってことは、タルニャさんが昨日言ってた〈深層〉の情報は、ここで新しく生まれ変わる前の記憶ってことですよね?」
ファイレナとカスールを交互に見ていたシオが口を挟む。
ファイレナは悩むように口元に手を当てた。
「じゃあ、タルニャは以前、どこで何をしていて、なぜ打ち捨てられたんだ? その経緯によっては、彼女の案内に従ってついて行くのは危険な気がするんだけど……」
「でも、どのみち行かないって選択肢はないですよね? 蘇生の秘術が存在する可能性があるなら」
「その通りだけど、警戒はできるだろ。それに準備も」
ファイレナとシオは言葉を交わし合って、カスールを見やった。
カスールはパイプを口から外して首を振った。
「彼女の過去については何も分かりません。打ち捨てられていたときも損傷が激しかったようで、記憶が残っていても断片的なものだったでしょう」
「そんなに損傷が激しかったのは、やっぱり戦闘に巻き込まれたからかな?」
「可能性は高いでしょうね。修理を施したホニクの大将が言うには、彼女はここの工房で修理を受ける前から、戦闘用の素体だったそうです」
「最初から戦闘用?」
「ええ。目を見張るような技術が詰め込まれていて、古代の失われた精緻な技術か、そうでなかったら、この世に全ノームが嫉妬するような天才が存在していると言っていました」
「可能性としたらやっぱり前者かな?」
「ほぼ、間違いなくそうですね。おそらく、彼女は大昔に生を受けた古代の自動人形なんですよ」
「それが何かと戦っていて、行動不能になるまで破壊されていた……と」
シオが話をまとめる。
「タルニャと交戦していたのが魔物ならいい。だけど、もし、冒険者だったとしたら、彼女がどういう意図を持って冒険者と戦っていたかが気になるな」
「ファイレナさん、ちょっと気にしすぎじゃないですか?」
「おまえは呑気すぎるよ、シオ。タルニャは過去の記憶を辿って私たちを道案内するんだぞ。その道中で記憶を取り戻したら……」
「私たちが突然襲われる可能性もあるってことですか?」
ファイレナは静かにうなずく。
傍で聞いていたカスールの喉から、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「あの……タルニャを同行させるのは止めますか? 恩を受けた人たちが、我々の自動人形の手にかかるなんて、私も想像したくありませんよ……」
「いや、行くよ。そこに蘇生の秘術の可能性がわずかでもあるなら、私たちは行かないわけにはいかないんだ」




