ep.61 ドラゴンの戸惑い
食事を取るのは、カスールに教えてもらった集落の酒場だ。異種族の旅人が訪れることなど皆無で、集落のノームたちのためだけにある酒場である。
工房などと同じで建物と言えるような建築物はなく、ただ、椅子とテーブルを無造作に並べた広場に、むき出しの台所を設けた場所だった。
四人のテーブルに並べられた料理は、泥酔して見る夢のような色合いのキノコや、原型を想像するのもためらわれる虫の可食部、そしてトカゲの親戚だろう生き物の肉を使ったものをノーム流に調理したものだ。
「これ、火は通ってますよね?」
シオが震える手で料理を指差す。刺激的な匂いを放つそれは、脂身のようなブヨブヨしたものが張り付いたキチン質の甲殻に、気のふれた芸術家がパレットをひっくり返したようなドロっとしたソースがかかっている。
「不安なら、キノコを食べろ。これならまだ危険は少ない」
ファイレナは丸々としたキノコを手で裂きながら口に運んでいる。
「ファイレナさん、普通に食べてますけど、美味しいんですか?」
「味はほとんどない。だから、食べられる」
「……なるほど」
シオはソースのかかった正体不明の料理をグリオハンの方へ押しやり、ファイレナにならってキノコを食べ始めた。
「酒は決して悪くありませんよ。地上では味わえないと思えば、この独特の癖も味わいと感じられます」
アーダンは度数の強い酒をちびちびと楽しんでいる。
「おまえは町の人たちから吸い上げた金で贅沢の限りを尽くしてたからな。もはや、珍しいものじゃないと感動できないんだろ」
「物事をポジティブに捕えるように心がけているだけですよ、まったく。なんでそんな言われ方をされなければなりませんかねぇ」
アーダンが不機嫌そうに顔をしかめる。
「ま、それはそうと、思わぬところで手がかりが掴めそうでラッキーでしたね」
シオは意外にも味の淡泊なキノコを気に入ったのか、二つ目に手を伸ばしている。
一方、ファイレナの食は進んでいない。すでに今日の食事は済んだとばかりに手を引っ込めている。
「詳しい話をタルニャに聞いてみない限り、確証は持てないけどね」
「でも、タルニャさんはなんで知ってるんでしょうね?」
「なんでって?」
「だって、タルニャさんは工房で作られたんでしょう? 知ってる世界なんて、そんな広くないはずですよ」
「護衛で探索についていったってことだろう?」
「だったら、タルニャさんの回復を待つ前に、その人に話を聞けば早くないですか?」
「それはたしかにシオさんのおっしゃる通りですね」
言いながらアーダンが姿勢を変えた。
「で、あるならば、カスールさんがそう助言してくれたに違いありません。他に同行した者がいる、と」
「じゃあ、タルニャは単独で向かったことがあるっていうのか?」
「どうでしょうね。詳細は分かりませんが、何か事情がありそうですね」
「……うだうだとどうでもいいことばかり語りたがるな、おまえたちは」
グリオハンが、ブヨブヨの可食部を平らげ、キチン質の甲殻を皿に放り出した。片手の甲で口元を拭い、アーダンも飲んでいた酒をひと煽りに飲み干す。
「二日待って話を聞くと決まったのだから、待てばよかろう」
「グリオさんって乱暴者だけど、意外と素直で気持ちのいい性格してますよね」
シオが言うと、グリオハンはギロリと睨みを利かせる。
「いやいや! 褒め言葉ですよぅ! ファイレナさんがしょっちゅう苦言を呈してますけど、ゴネることって滅多にないじゃないですか!」
フォローのつもりで言ったことも、グリオハンはなぜか気に入らない様子で、射殺すような目をシオに向けている。
震え上がるシオを見て、仕方ないとばかりにファイレナが横から口を挟む。
「あのさ。私たちは師匠を蘇らせるという目的の一致で旅をしてる。その思惑はそれぞれ抱えていると思うんだけど……」
一度、全員を見回す。
「特に、私とクソドラゴン、おまえは正反対の思惑がある。だけど、それでいがみ合っているようでは旅も成功しないし、目的も達成できない。だから、おまえの性格には助かってるって、シオは言いたいんだ」
グリオハンはシオに向けていた目をファイレナへ移した。ただ、ファイレナの言葉に何か返そうという様子はない。
ファイレナもグリオハンの視線を真正面から受け止めた。その瞳の奥にある意思を読む。
これまで孤高の存在として唯我独尊に生きてきたドラゴン。敵意を向けられこそすれ、感謝されることなどなかった生き物が、他者からの感謝を受けるなど、これまでにない経験を続けている。
戸惑いなのだ。このドラゴンが感じているものは。これまで抱いたことのない感情の芽生えに対する戸惑い。いつも無言になるのは、それを言い表すことができないからだ。
ファイレナは溜息を吐いた。
そっとしておいてやるのがいい。いずれは自らの感情に折り合いをつけるだろう。
「まさか、師匠は最初からこれを狙っていたのかな。だとすると……やっぱりあの人は底が知れない」
ボソリと呟き、立ち上がる。
「あ、ちょっと、ファイレナさん。まだお料理が残ってますよ!」
「正気か? もう食べられるものなんて残ってないだろ。私は寝られる場所を探してくる。宿屋なんてなさそうだしさ」




