ep.60 ホニク工房
「途中で土竜に遭ったんだよ。それでタルニャがやられてね。俺たちも万事休すってところだったんだけど、この方たちが助けてくれたんだ」
カスールが事情を説明する。
「それはもう、大賢者サリフィンもかくやという凄まじい魔法だったよ!」
シオが思わずファイレナを肘で突く。茶化すように笑っている。
唐突に、グリオハンが背負っている自動人形タルニャを地面に落とした。
ガシャン。
それを見てホニクが青ざめた。
「おい! 大事に扱わんか! バカモンッ!」
ホニクが拳骨を振り上げる。だが、遥か頭上にあるグリオハンの頭部に落とせないと分かると、しぶしぶ拳を引いた。
「おうおう、こんな姿になってしまって可哀想に」
四肢を投げ出すように倒れたタルニャの上半身を、小さな体で抱き上げる。その作り物の体には、土竜との激しい戦闘の傷痕が刻まれている。
カスールが肩をすくめる。
「ホニクの大将は変わり者でね。それが祟って奥さんに逃げられたんだ。おかげで子供がいない。だから、あの自動人形に娘が生まれたらつけるはずだった名前をつけて、溺愛してるんだよ」
「その割には危険な探索に同行させるんだな」
矛盾を感じずにはいられないファイレナである。
「まぁ、そもそも戦闘用の自動人形だからね。そこは割り切ってるようです」
「それが変わり者の所以か」
ホニクは、カスールの息子イニヨンに視線で指図し、一緒にタルニャを縦長の作業台の上に乗せた。
「道中、うんともすんとも言わなかったけど、本当にこれって直るわけ?」
作業台に近寄ったファイレナが、横たえられたタルニャを見下ろす。
ホニクは精霊灯を内蔵した細いペンのような照明を、タルニャの壊れた部分に当てながら、入念に検査をしている。
「強い衝撃を受けて、思考機能の一部が接触不良を起こしとるだけだ。わしらで言えば気絶しとるようなもんだの」
タルニャを横向きにして、首の裏側、人間で言えば延髄のあたりに、細い工具を差し込み始めた。
その様子を見て、ようやくカスールがひと息つく。
「大将に任せればタルニャは大丈夫でしょう。彼女が地底のガラクタにならずに済んでよかった。ここまで本当にありがとうございました」
四人に向かって深く頭を下げる。ホニクを手伝うイニヨンも、振り向いて頭を下げた。作業中に気を逸らすイニヨンの頭を、ホニクが工具で殴りつけている。
「こちらこそ。右も左もわからない地下世界で、ノームの集落まで案内してもらえて助かったよ。困ったときはお互い様ってやつかな」
ファイレナもお返しとばかりに頭を下げた。
「ところで、皆さんがわざわざ地上からこんな深い場所まできたのには、たしか、理由があったんでしたっけね」
ファイレナたちはここに来るまでの道中、地上から降りて来た理由を、大雑把にカスール親子に話していた。
アーダンからの情報は、蘇生の秘術は〈深層〉のどこかにあるらしいという曖昧なものでしかなかった。だが、ここならば、それ以上の詳しい情報が期待できるかもしれない。
ファイレナはうなずいた。
「そうなんだ。サリ……いや、とあるやんごとない人物を蘇らせるために、蘇生の秘術を探してる」
「とあるやんごとない人物、ですか」
カスールが首を傾げる。
「うん。〈深層〉のどこかにあるって聞いたんだけど、それ以上は分からなくて。あなたたちノームなら〈深層〉には詳しいから、少し期待をさせてもらってるんだけど、誰か、そんな噂を耳にしたことのある人物に、心当たりはないかな?」
「はぁ……そうですねぇ」
カスールは顎をさする。
「……私、知っているかもしれません……」
ファイレナとカスールの会話に、だしぬけに声が挟まった。ファイレナたちがこれまで聞いたことのない可憐で、だが、どこか無機的な冷たい声。
振り返ると、仰向けに横たわったタルニャが、これまで閉じられていた瞳を開いている。
「タルニャさん! ファイレナさん! タルニャさんが目を覚ましてますよ!」
シオが興奮気味にファイレナの腕を叩く。
「わかってる、わかってるって! 見りゃわかるよ!」
ファイレナが鬱陶しそうにシオを跳ねのける。
「おい、タルニャ、大丈夫なのか?」
「自動人形に大丈夫かと問いかけるのも、何だか奇妙な感じですねぇ」
アーダンは茶化すような薄笑いを浮かべた。
「死んでるおまえに問いかけるより八倍はマシだよ」
「おい、おまえら! タルニャは今、修理中なんだ! 何の用事があるか知らんが後にせい!」
ホニクが工具を武器のように持って、小さい体で四人に立ちはだかる。
「ホニクの大将の言うとおりだ。すぐにでも話を聞きたいところだけど、後にしよう。タルニャが知っていたとしたら、道案内がいるしさ」
ファイレナが引き下がる。
「ちなみに、タルニャの修理はどれくらいかかりますか?」
シオがひょっこりと顔を出す。
「急ピッチでやれば一日。だが、二日見てもらった方がよかろう」
「一日で終わらせろ」
突然、グリオハンが口を挟む。
「バカか。何様のつもりなんだよ、おまえは。二日いるなら二日待ちます。タルニャを元の状態に戻してください」
ファイレナが訂正するとグリオハンは舌打ちした。
「慣れない地下世界の探索で私たちも疲れがある。食事と寝床の確保をしよう」
ファイレナはアーダンに目で合図をして、共にグリオハンを押すようにしながら、工房街を後にした。




