ep.59 地底の集落
グリオハンの背中で精巧な自動人形がガシャガシャと鳴っている。
「あの、すみません。もう少し丁寧に扱ってもらってもいいですか?」
カスールが恐る恐るグリオハンに声をかける。隣では息子のイニヨンもおどおどした様子でグリオハンを見上げている。
「今更何を気にするというのだ? すでに壊れているというのに」
「これから修理をするんだ。損傷は少ない方がいいんだよ。精巧な道具を扱ったことのないおまえにはわからないかもしれないけどな」
遠慮がちなノーム親子の代わりにファイレナが言い返す。
「まったく理解できんな。護衛代わりに連れて行こうというのなら、もっと頑丈なものを連れていくべきだろうに」
背負われた自動人形は、体を覆う外甲殻もところどころへしゃげ、関節部は不自然に捻じ曲がって糸のようなものが飛び出ている。
「人間だったら死んでるところが、修理すればまた動くんだ。充分頑丈だよ。ふたりを守り切ったんだしな」
ファイレナの返答に、ノームの親子が誇らしげに顔を上げた。
それからもしばらくの間、蛇行した岩壁の回廊を進み続けていると、シオが唐突に片手を耳に当てた。
「あ。なんか聞こえてきます」
やがて、前方にふたり分の人影が見えてきた。軽装の鎧を身に着けたノームである。小さい体に不釣り合いの物々しい弩を両手に携えている。
彼等は衛兵であり、そこから先がノームの集落なのだ。
「さあ、到着しましたよ。ここが我らが住むカリグの集落です」
ノームの親子が衛兵に挨拶をして、少しの間話し込む。
両手を振りながら、ときおりファイレナたちに目をやったり、グリオハンの背負った自動人形を指差したりしている。
「地底にある集落です。ノーム以外の種族が訪れるのは珍しいことなのでしょうね」
アーダンがその様子を眺めながら、話が終わるのを待っている。
ようやく、カスールが四人の元へと戻って来た。
「さぁ、我々の命の恩人だ。歓迎しますよ」
四人はノーム親子の先導で集落へ入っていく。ファイレナが後ろを振り返ると、衛兵たちが敬礼を向けてくれた。
集落は地底の大迷路の一部をノームの氏族が勝手に住処にしただけのものである。自然洞窟に手を入れてできた集落の構造は、町というよりはさながら巣である。
「わはーっ! さすがは地底種族の集落ですね! こんなところ来たことありませんよ!」
シオが物珍しそうに辺りを見回しながら駆け回る。
「危ないから、大人しくしろって!」
ファイレナの注意の声が飛ぶ。
蛇行する道に、ノームによって掘られたトンネル、石を積んで作られた階段で繋がれた階層、そして最下層から遥か上の天蓋まで伸びる巨大な石筍。
その至るところに、光精霊の力を使った精霊灯が灯っており、光届かぬ地の底にありながら、人間の町の夜程度の明るさを保っている。
あたりには埃の匂いに混じって油の匂いも漂い、これがノームという種族の営みの匂いなのだと感じられた。
「こちらです」
カスールの案内の元、四人は蛇行する緩やかな階段を進み、集落の最下層へと向かった。
集落を歩く四人に、誰もが好奇の目を向けている。居心地の悪さは否定できないが、敵視されている感じはしない。地上から来る者たちがそれほど珍しいのだ。
最下層には至る所に工房が構えてあった。そこかしこから石や金属を叩く音が聞こえてくる。
「ここは工房街なのか?」
ファイレナがカスールに尋ねた。
「そういうわけではなかったんですが、この辺りを住処にしようと決まったとき、自然と技術屋の連中がここに集まったんです」
ファイレナがふと地上の村の人々の言葉を思い出す。
「……もしかして、地上の村と交流を持っていたっていうノーム族は、あなたたちのことだったのか? たしか、〈奈落〉から危険な魔物が現れるようになったから、地上への穴を塞いで集落の移動を決めたっていう……」
「ああ。それはおそらく、私たちのことで間違いありませんね」
カスールがうなずく。
「村の人々とはとてもうまく付き合ってましたから、離れ離れになるのは残念でしたが、地上まで危険が及ぶのでは、致し方ありません」
話をしながら、四人は工房街の一角へ辿り着いた。シオの身長ほどある石筍に看板が立てかけてあり、オレンジ色の塗料で何かが書かれている。
シオが腕を組んで首を傾げた。読めない言語なのだ。
「ノーム語ですよ」
アーダンが解説する。
「通常、他種族の訪れない集落では、ほとんどの種族が種族言語を使います。特に地底に住むノームは、地上種族とは交流が盛んではないですからね。共通語を話さない方すら多くいる」
そこへカスールが言葉を補った。
「我々は地上の村と交流がありましたから、こうして共通語を話します。ちなみに、〈ホニク工房〉と書いてますよ。これは、我々でも読むのを難儀するほど汚い字です」
雨風をしのぐ必要のない地底の工房には、小屋や屋根のようなものはなく、岩壁沿いに荷物や棚が並べられている。無造作に置かれた架台にも、これまた無造作に工具や物作りの素材が乗っていて、あまりにも雑多な印象だ。
それらを使って作られたのであろう、数々の制作物が足元に転がっている。だが、それが何にどう使われるものなのか、一目でわかるものは皆無だ。
「ノームの頭の中がどうなってるのか、てんでわかんないなぁ」
ファイレナは顔をしかめた。
「大将! タルニャの修理を頼む!」
カスールが声を上げる。工房には人影がなく、シンと静まり返っていた。
「大将! 留守か? 大将!」
再び声を上げると、架台と架台の間から、トンカチが飛んで来た。
「うおあっ!」
叫び声を上げるカスールに当たる前に、グリオハンがそのトンカチを掴んで止めた。
「そんなデケェ声出さんでも聞こえとるわぃ!」
架台の奥から声が返ってくる。
「いるんだったら、返事をしてくれよ、大将! タルニャが壊れたんだよ!」
「なにぃ! タルニャが⁉ なんでそれを先に言わんっ!」
「言ってましたよね⁉ 全然、聞こえてないじゃないですか!」
シオが思わず声を上げた。
架台の下から勢いよくノームが頭を出した。この工房の主、ホニクである。
後退した頭髪を長めに伸ばして後頭部で結わえ、顎髭を垂らした壮年のノームである。顔中に刻まれた皺から気難しそうな印象が伝わってくる。
「おん? なんじゃ、こいつらは」
案の定、ホニクはファイレナたち異種族に、疑わしげな目を向けた。




