ep.58 ノームの親子
「口内か」
それを聞いたファイレナが思案する。
「よし、クソドラゴン! アーダンが鱗を破壊した場所は脆くなってるはずだ! そこに渾身の一発を叩き込め!」
「渾身の一発か」
となれば、魔法の戦斧の力を引き出す必要がある。グリオハンは自身の親指を噛んで自傷すると、にじみ出る血で柄に線を引いた。
途端、戦斧から炎が立ち昇った。
おあつらえ向きに、土竜がグリオハンへ突進を始める。注意が向いたならむしろグリオハンには都合がいい。燃える戦斧を構える。
土竜が猛然と迫る。
グリオハンは衝突の寸前、勢いよく飛び上がって土竜の鼻先に足をかけ、渾身の一撃を振るった。狙うのは鱗が砕けた脳天だ。
戦斧が鱗の下の皮膚を裂き、肉を断ってめり込む。おまけに紅蓮の業火が、その傷を焼いた。
いくら巨大な土竜でも、これは想像を絶する苦痛である。たまらず体を仰け反らせ、悲鳴にも聞こえる咆哮を上げた。
ファイレナはその瞬間を狙っていた。重ねた両手に魔法が具現する。
「《魔法の大槍》!」
純粋な魔力を矢として飛ばす《魔法の矢》の強化版だ。ファイレナの手から巨大な魔法の突撃槍が撃ち出され、真っ直ぐに土竜の口腔へ向かう。そして、鱗に覆われていない柔らかな上顎を内側から貫いた。
土竜の断末魔が地下迷宮を揺らす。やがて、力を失った巨体が崩れ落ちた。開いたままの口から、だらり舌が垂れる。
「や、やったか」
ファイレナが土竜の様子を確認する。瞳から、生の光は感じない。
ホッと一息。だが、一撃に魔力をかけたファイレナは、思わずへたり込みそうになって、杖で体を支えた。
そこへ、遠巻きに退避していたノームのふたりが、ひょこひょこと歩み寄ってきた。
一方が口の周りを髭で覆った年長者で、もう一方は肌艶も瑞々しく、若者である。ふたりは顔立ちがよく似ており、親子であることは明白だった。
「どこの冒険者の方か存じませんが、助けていただいてありがとうございました」
年長者の方が頭を下げ、若者がそれにならう。
ファイレナは気にするなとばかりに首を振った。
「同じ人類種のよしみです。お気になさらず」
「まさか、つるはし二本であの巨大トカゲを退治しようと思ってたんですか?」
シオが顔を覗かせた。
「とんでもない! 我々はただ、鉱物を採掘しに来ただけです。あんな大トカゲのねぐらになっているとは思いもしなくて……」
年長者のノームはかぶりを振った。
「万が一のために護衛も連れていたんですがね。ちょっと相手が悪すぎました」
「護衛?」
ファイレナが首を傾げる。
ノームたちは崩れた瓦礫の山へ目を向けた。そこには、瓦礫に紛れて誰かがぐったりと横たわっている。
辿り着くのが少し遅かったかと、ファイレナの心に悔恨の念が沸き立つ。
「おや、犠牲者が出てしまいましたか」
壁に叩きつけられていたアーダンがケロリとした顔で傍に立っている。
「おまえも本来ならば、犠牲者の仲間入りをしてるなずなんだけどな」
ファイレナはせめて弔ってやろうと、その犠牲者の姿を見やる。すると、どうも様子が違うことに気がついた。
姿こそ人間に見えるが、どうやらそうではない。
それは人間を模して精巧に作られた人形だった。だが、ただの人形ではない。女性を模したと思しき美しい陶器製の仮面に、精密なカラクリを搭載した体を持つ自動人形である。
胴体のほとんどは鎧代わりの装甲で覆われているが、腕や脚には機械駆動の露出している部分も多い。そこから覗く複雑さを見れば、いかに高度な自動人形かがわかる。
「ノーム族というは、手先が器用で、種族全体が優れた技術者で発明家だと聞きます。これはすなわち、あなた方が作り上げた護衛用の戦闘人形、ということですね?」
アーダンがキラリと目を輝かせた。教祖となって贅沢の限りを尽くし、この世の名品、珍品を収集していたアーダンは、珍しいものに目がない。
「はい。今は壊れてしまっていますが、修理をすれば大丈夫でしょう。ですが、修理をするには集落まで運ばなければ」
年長者のノームが億劫だと言わんばかりに溜息をつく。ノームもリルリングほどではないにせよ小柄な種族だ。人間大のカラクリ人形を運ぶとなると、一仕事だろう。
「その人形を運ぶのは、私たちも手伝いましょう」
ファイレナは自ら請け負い、グリオハンへ目をやった。
「おい、また我に運ばせようというのか?」
「おまえが一番、力があるからに決まってるだろ、バカ。まさか、私やシオに運べと言うんじゃないだろうな。ちんたら歩いて文句を言うのはいつもおまえじゃないか。おまえが運ぶのが一番早いんだよ。わかったら、さっさと担げ、このタコスケ」
不満げに唸るグリオハンだが、存外素直にファイレナに従った。自ら運ぶのが手っ取り早いというのは間違いないのだ。
ノームの親子は顔を見合わせうなずき合った。
「では、集落までご案内します。おっと、名乗るのが遅れましたね。私はカスール。こいつは息子のイニヨン。どうぞ、よろしくお願いします」




