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ep.57 地下世界の巨竜

「しかし、このまったくの暗闇に静寂……。ずっといると気が狂いそうですね」


 色彩も皆無の自然迷宮を進みながら、アーダンがポツリと呟いた。


「不死者のアーダンさんが言うことですか? 暗闇と静寂には一番慣れてるでしょ」


 危険感知のために先頭を任されているシオが、顔だけ半分振り返った。


「そんなことありませんよ。私の場合は自ら不死者になることを選んだので、言ってみれば計画的死亡なんです。命を手放してから、ものの数時間で現世に戻りましたから、死亡時の暗闇と静寂なんて覚えていませんよ」

「あ、アーダンさん、うるさいです。ちょっと黙ってもらっていいです?」

「は⁉ あなたが聞いてきたんでしょう⁉」


 アーダンの文句もシオはもはや聞いていない。口に人差し指を当てて、聞き耳を立てている。


「何か聞こえます。叩くような音と、人の声かも」

「人の声? 冒険者かも。行こう」


 ファイレナの一声で、皆、一斉にそちらの方へ駆け出した。

 音の出所は、歪な円形に開けた場所である。ふたりの小柄な人影が、両手に握ったつるはしをぶんぶんと振り回している。


「あれってノーム族じゃないです?」


 シオが小柄な人影を指差す。

 ノームのふたりが対峙しているのは、四足歩行の巨大なトカゲのような生き物で、背中にお飾りのように退化した翼が生えている。

 ファイレナが光球の灯る杖でその巨大生物を指した。


土竜(どりゅう)の一種だ。たぶん、ここはあいつのねぐらで、あのノームのふたりは迂闊に入り込んじゃったんだな」

「土竜?」


 聞き慣れないとばかりにグリオハンが眉を寄せる。


「ドラゴンの一種だよ」

「ドラゴンだと? あんな地べたを這いずり回るトカゲがか? ふん。笑わせよる」


 グリオハンは戦斧ファラグを片手に用意して、ずんずんと土竜へ向かいだした。


「おい! 待て! あの巨大生物を相手にするつもりか⁉ 隙を見て逃げるんだよ!」


 ファイレナが制止の声を上げた。だが、グリオハンの耳には届かない。


「空を飛び、地を支配してこそドラゴンよ。まがい物のトカゲめ。この真のドラゴンが引導を渡してくれる!」

「あちゃあ、あれはプライドを刺激されちゃってますね。グリオさんの悪いところ出てます」


 シオが呆れて片手で顔を覆った。


「邪魔だ! どけいっ!」


 グリオハンがノームたちに怒号を浴びせる。ノームたちはようやくファイレナたちに気付き、這うように駆け寄ってきた。


「こうなっては放っておけませんよ、ファイレナさん。我々も覚悟を決めましょう」


 シオは短剣を構えてグリオハンの援護に向かった。


「くそっ! どいつもこいつも好き勝手ばっかりだ!」


 ファイレナの叫びが木霊(こだま)した。

 先んじて向かったグリオハンが、土竜と真正面で対峙する。

 土竜が威嚇の叫びを上げる。地下迷宮を揺らすほどの大音声(だいおんじょう)だ。

 後方に退いたノームたちが震えあがる。

 だが、グリオハンは怯むどころか、なお前進し、振り回した戦斧で土竜の鼻先に痛烈な一撃をお見舞いした。

 巨大な土竜が一撃で仰け反った。


「グリオさん、背中借ります!」


 後方から走り寄ったシオが、グリオハンの背中を駆けのぼり、肩を踏み台にして高く飛び上がる。そして、脳天に魂砕きの短剣を突き刺した。精神そのものに大ダメージを与える魔法の短剣だ。魂砕きの前では、大きな図体も頑丈な体も関係がないはずだ。


 ガキンと固い音がして短剣が弾かれた。土竜の全身を覆う鱗は岩のように固い。


「うわっ! 刃が通りません!」


 土竜が(わずら)わしそうに首を振った。シオが軽々と吹き飛ばされる。


「わーっ」

「フッフ。シオさん、浅はかですね。こういう手合いには刃は禁物」


 アーダンが戦士もかくやという勇ましい足取りで土竜へ近づいている。

 その手に握っているのは、分厚い金属片を放射状に配した頭部を持つ打撃武器、すなわちメイスである。


「見てください! 私も村で武器を都合したのですよ! 硬い鱗には打撃! これぞ鉄則! これで固い鱗もろとも破壊せしめるのです!」


 アーダンは大きく振りかぶったメイスを目いっぱいの力で土竜の頭に叩きつけた。アーダンの思惑通り、固い鱗が砕けて飛び散った。


「こういうことですよ!」


 得意満面のアーダンだが、そのメイスは同時に根本でポッキリと折れてしまった。


「あれぇ⁉  嘘でしょう⁉」


 見れば、頭部こそ金属製だが、柄は木製。木材の質もよくなかったのか、打撃の衝撃に耐えられなかったのである。


「粗悪品っ!」

「そんなものを掴むのが悪いんだろ!」


 ファイレナは手に魔法、《迸る(ライトニング・)雷槍(ジャベリン)》を用意している。それを土竜に向かって投げつけた。人型なら一撃で意識を奪うこともある強力な電撃魔法だ。だが、図体の大きな土竜は身じろぎする程度で、大した効果があるようには見えなかった。


「くそっ! デカすぎて正攻法じゃどうにもならない!」


 代わる代わる執拗に攻撃を繰り返すファイレナたちに、土竜にも苛立ちを募る。

 土竜が猛烈な突進を始めた。目の前の小さな生き物を一網打尽にするには、巨体ですり潰すのが一番いい。


「逃げろ! 下敷きになったらひと溜まりもないぞっ!」


 慌てて逃げ回るファイレナたち。

 土竜はさらに、その場をぐるぐる回りながら、執拗に長い尻尾を振り回して冒険者たちを薙ぎ払う。

 シオが地面にへばりついた。頭上をものすごい勢いで通過する大木のような尻尾に肝を冷やす。

 その横でアーダンが紙のように吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「アーダンさーんっ!」

「気にするな! あいつは死なない!」


 ファイレナが叫ぶ。その頭上に、尻尾で叩かれた岩壁から欠片になった石礫(せきれき)が降り注いだ。慌てて頭を覆いながら逃げ惑う。


「おい! クソドラゴン! おまえはドラゴンとして冒険者と戦ってたんだろ! これをやられていやだって攻撃はないのか⁉」


 グリオハンは怒涛の攻撃に傷だらけになりながらも、土竜と正面でやり合うために、ずんずんと前へ進んでいる。


「我は冒険者に遅れを取ったことがない。まぁ……ただ……」


 グリオハンが一瞬、思考を巡らせる。


「口内を狙った一撃には、肝を冷やしたことはある」

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