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ep.56 レビテーション

 ファイレナは、他の者たちの同意を取ると、ここまで案内してくれた兄妹たちに向き合った。

 膝を折って二人に目線を合わせると、大人にやるように丁寧に頭を下げる。


「案内してくれてありがとう。きっと旅の目的も果たせるに違いない。すべてキミたちのおかげだ」


 妹がグリオハンを見上げる。


「大きいお兄ちゃん、遊んでくれてありがとう。また、お空を飛べるようになったらいいね!」


 グリオハンがその小さな少女に目をやった。いつものようにぶっきらぼうで何も言葉を返さない。

 ファイレナがその様子を見て、一言言おうとした。返事くらいしたらどうかと。

 だが、やめた。気の所為かもしれないが、グリオハンの目がいつも人間に向けるものよりも優しく見えたからだった。


 詠唱と印で魔法を練り上げ、ファイレナが自身とシオに《空中浮揚(レビテーション)》の魔術をかける。

 手本を見せるように何もない暗闇に進み出ると、ファイレナの体は落下せずに、虚空に浮かんだまま静止していた。


「わ、私もいきますよ……!」


 シオは恐る恐る虚空へ足を踏み出した。何もないところへ右足を置き、意を決して左足を上げる。そして、体が浮いていることに安堵の溜息を洩らした。


「おまえ、私を信用してないのか?」

「そ、そういうわけじゃないですよ!」

「私も浮いてみたい!」


 穴の向こうへ残った妹がふたりの様子をキラキラした目で眺めていた。


「魔法は遊びでも玩具でもない。でも、キミたちには借りがあるからな。無事に帰って来れたら、少しくらいはお礼に魔法を見せてあげるよ」

「約束だよ! 綺麗なお姉ちゃん!」

「ファイレナさん。綺麗なお姉ちゃんって呼んでもらえるからって、ちょっと甘くないですか?」

「おまえの空中浮揚は私の匙加減でいつでも解けることを忘れるなよ、シオ」

「すみません! 綺麗なお姉ちゃん!」

「さ、ファイレナさん。シオさん、行きますよ」


 二本の腕を残し、霧となったアーダンが、後ろからグリオハンの体を支えている。グリオハンは躊躇(ちゅうちょ)なく虚空へ足を踏み出した。

 それをシオとファイレナが空中で支える。

 グリオハンの体重で瞬く間に三人の体が穴の下へ向かって降下した。それはほとんど落下に近かった。


「ちょっ! ファイレナさん! 落ちてますーっ!」

「バカ! 空中で留まるイメージをしろ! シオ! さっきはそれで浮いてたろ!」

「そんなこと言ったって! ええっと、浮遊するイメージ! 浮遊するイメージ! 浮遊するイメージ!」


 シオは目を瞑って必死に空中に浮かぶ自身を思い浮かべた。何もない暗闇に自身の体が浮いている。

 ややあって、その下降の速度が収まった、まるで水中を沈んでいくような緩やかさにまで。

 シオが大きく溜息を吐く。


「はぁ~、死ぬかと思いました~」


 ファイレナはふと、グリオハンを見やった。


「おまえ、魔法もかかってないのに、よく空中に踏み出せたな?」

「何を言うのだ。そうしなければ降りられんのだろう?」

「ずいぶんと平然と言いますね! ドラゴンの心臓ってどんな強心臓なんですか!」


 シオが感嘆している。

 魔法がかかったシオでさえ、空中に踏み出すのは躊躇した。一方、グリオハンはなんの躊躇もなかった。皆がその体を支えることになっていたとしても、ファイレナの提案を信じて疑っていなかったのだ。


「そんなに驚くことか?」

「……いや、おまえの言うとおりだ」


 しばらくすると、ファイレナたちの足が、地下層の地面に触れた。

 〈深層(ディープ)〉である。

 ファイレナが降りて来た縦穴を見上げる。兄妹たちのランタンの明かりも見えない。


「だいぶ、深いですね」


 同じようにアーダンが上を見上げる。


「穴は塞いだ方がいいと思ったけど、これだけ深い縦穴なら、地底の魔物が登ってくることもないだろう」

「兄妹たちの秘密基地はそのままにしてあげるってことですか?」

「ふたりの大切な場所だろうしね」


 ファイレナは辺りを照らすための魔術球を生み出した。魔術杖の上に光球が浮かび、〈深層〉の様子を映し出す。

 ゴツゴツとした岩壁に、広狭を繰り返しながら蛇行する道。それが枝分かれしながら複雑怪奇な迷路を形成している。


「さて、〈深層〉に蘇生の秘術があるだろうと言ったのはおまえだったよな? アーダン。ここからどっちに向かえばいいんだ?」


 アーダンは涼しい顔をして小首を傾げた。


「え? わからないんですか⁉」


 その様子に、シオが信じられないものを見るような目を向ける。


「あのですね。私は、この〈深層〉のどこかにあるという噂を聞いただけだと申したでしょう。詳しい場所までなんて、そりゃあ知りませんよ」


 ファイレナは不機嫌そうに顔をしかめた。


「おまえ……いけしゃあしゃあと言いやがって死に損ないめ。この地下迷宮をあてどなくウロチョロしろってのか?」

「だったら、地上に戻って情報を集め直しますか?」


 文句ばかりを向けられて、今度はアーダンがムっとした。


「うだうだうだうだ、おまえたちはいつも鬱陶(うっとう)しいな。わからぬなら、しらみつぶしに探せばよいのだ。こんなところで下らないことを言い合っても話は進まぬ」


 グリオハンは三人を置いてのしのしと歩き出した。


「あーっ! ちょっと待ってくださいよ! グリオさん! グリオさんが盾役なんですからね!」


 シオがグリオハンの後を小走りで追いかける。


「おい! 勝手に離れるな! 何が出るかわからないんだぞ! 脳なしどもがーっ!」


 だが、ファイレナが叫んでも二人は止まろうとはしなかった。ファイレナとアーダンは顔を見合わせ、お互い、首を振り、肩をすくませて、先行したふたりを追いかけた。


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