ep.55 もうひとつの入り口
充分な休養を取り、準備を整えると、四人は村の人々に出立を告げた。村の歓待に深く礼を言って村を出た。
村への道を引き返すように進む。
「ファイレナさん。別の入り口というのは本当なんでしょうね? 私、まだ疑っていますよ」
アーダンは眉間にしわを寄せ、疑り深い目を向けている。
「まぁ、子供の言うことだからな。私も実際に見るまで、信用しきってるとは言いがたい」
「……とは言え、どんな情報でも欲しい、というところですか」
しばらく進むと、道の傍らにある大きな岩に、兄妹が座っているのが見えた。四人に向かって手を振っている。
「綺麗なお姉ちゃんたち、大人たちに見つかってないよね?」
妹が四人を見上げた。兄妹にとって〈深層〉への入り口は秘密の場所だろう。村の大人たちに知られることをしきりに心配している。無論、父親に大目玉を食うこともだ。
ファイレナは安心させるように微笑んだ。実際、大人たちはこのことを知らない。
「大丈夫だ。さ、案内してくれる?」
兄妹の案内で道の脇へ逸れると、鬱蒼とした草むらに出た。
「見て」
兄が小走りで先に向かい、背の高い草を全身でかき分けると、低い岩壁の足元に、ぽっかりと穴が開いているのが見えた。
「なるほど。ちょうど草に隠れて見えないのか」
「うん! 父ちゃんたちには内緒だよ!」
兄が率先してその穴の中へ入っていく。続いて妹が。そして同じようにシオがスルスルと穴へ入っていく。
「グリオさんは大丈夫そうですか?」
アーダンが心配そうにグリオハンに目をやった。グリオハンは皆に比べて体躯が一際大きい。
グリオハンは腕組みして仁王立ちしたままだ。自分のことなのに何も考えてはいなさそうだった。
「まぁ、無理そうなら、私が魔法で一回り小さくしてやるよ」
「いえいえ、ファイレナさん。グリオさんには魔法が効かないんですよ。お忘れですか?」
「あ? ……ああ、そうだったか……」
ファイレナが舌打ちする。
「では、ファイレナさんが先に中へお入りください。そして、グリオさんを中から引っ張るのです。そうすれば、私は後ろから押しますんで」
アーダンの提案通り、ファイレナは先に中へ入り、グリオハンに続くように指示する。地面を這って穴を抜けようとするグリオハンだが、案の定、穴で詰まり身動きが取れなくなった。
シオが陸に上げられた海老のようにのたうちながら笑い転げた。兄妹もそれにつられて笑っている。
ファイレナは冷静に穴に詰まったグリオハンを見ていた。
この完全に身動きの取れない状況ならば、反撃されることはない。いっそのこと、ここで首を断ち切ってやろうか。
「ファイレナさん。グリオさんを引っ張り出しますよ。じゃなきゃ、アーダンさんも通れないですからね」
シオの言葉でファイレナはグリオハンの殺害計画をひとまず棚上げし、協力して中からグリオハンの腕を引っ張った。穴の外ではアーダンがグリオハンの巨体を押している。
少しずつではあるが、グリオハンの体が穴の中を進んでいる。
「最初にグリオさんをヌルテカの油まみれにすれば、もうちょっと楽だったかも!」
「無駄口叩いてないで、もっと力入れて引っ張れよ、シオ!」
「やってますよ! ファイレナさんだって手抜いてません⁉」
「ぬうぅ、最初から穴を吹き飛ばすかして、広くすればよかったのだ」
「そんなことをして穴が塞がったらどうするんだよ。唯一の〈深層〉への入り口なんだぞ」
四人はしばらく難儀したが、甲斐あってグリオハンの体が穴の中を通過した。
最後にアーダンが地面を這って中へ入る。
中は完全な暗闇だった。
兄妹は用意周到にもランタンを持ち込んでいて、中を灯している。そこはまったくの洞窟だ。
天井は低く、ファイレナの身長でギリギリ立てる程度。アーダンは窮屈そうに猫背になっており、グリオハンに至っては立ち上がれずにしゃがみ込んだままである。
壁際には、木板を持ち込んで作られた簡単な架台があり、十字に組んだ太い枝や、紐を括り付けた丸い石が置かれていた。剣や宝飾品に似せているがすぐにわかった。
「なるほど。これはばれたくないですねぇ」
シオがほっこりと微笑む。
「ここはふたりの秘密基地なんですね」
「おい! 広いところには出れんのか? 窮屈で敵わん!」
グリオハンの不満の声が洞窟内で反響する。
ファイレナが思わず耳を覆う。
「デカい声出すなよ! バカ! うるさいだろ!」
「ファイレナさんの声も充分大きいですよ」
アーダンも耳を覆った。
「この先だよ。でも、気を付けてね」
ランタンを持った兄が皆を先導する。ほんの十数歩いったところで、ランタンの明かりが暗闇となった道の先を照らし出した。
「み、道がない?」
シオがごくりと唾を飲み込む。
そこにはぽっかりと縦穴が口を開けていた。
「しかも十分に大きいですね」
アーダンが身を乗り出して先を覗く。今度の穴は、グリオハンでも十分通れるほどには広い。ただ、それは縦穴だ。
シオが落ちていた小石をひょいと穴へ向かって投げ入れた。しかし、石が落ちる音は聞こえなかった。
「どうしましょう、ファイレナさん。めちゃくちゃ深いですよ」
「私は霧になれば降りられます」
アーダンが自身の胸に手を当てる。
「飛び降りてミンチになったって死なないんだから、霧になる必要ないだろ」
「ファイレナさん、なんでそんなに辛辣なんですか?」
「まぁ、他の連中も案じることはない。私が魔法で解決しよう」
ファイレナが魔術杖をくるりと回す。
「《空中浮揚》の魔法をかけて、ゆっくりと降りるぞ」
アーダンがファイレナの肩を叩く。
「ファイレナさん。もうお忘れになったのですか? グリオさんには魔法がかかりません」
「ああああっ! 本当におまえは大きなお荷物だな!」
ファイレナは村でせっかく整えた髪を乱暴に掻きむしった。
「知るか。ややこしい魔術を我に施したのは、貴様の師だ。文句はあやつに言え」
「それで? 結局、どうするんです?」
シオがファイレナを見上げる。
「私とおまえには空中浮揚をかける。それで、三人でこのクソバカお荷物ドラゴンを担いで降りる。いいな?」




