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ep.53 〈深層〉への入り口

 村唯一の酒場で四人は食事を取った。何日ぶりかの屋根の下での食事である。山や森で採れた山菜と獣肉のグリル、そしてあらゆる食材をまとめて鍋で煮込んだシチュー。見た目も味も特筆すべきもののない料理だが、道中で食べていた食事が泥のように思える。

 グリオハンの目の前に鶏の丸焼きが置かれた。グリオハンはそれを手で解体しながらむしゃぶりつく。


「久しぶりに腹を満たすことができそうだ。ここに来るまで、こいつを食らってやろうかと何度思ったことか」


 グリオハンがシオの頭をポンポン叩く。


「ちょっと! 油のついた手で髪の毛触らないでくださいよ!」


 シオが頭に触れる大きな手を払い除ける。

 それをアーダンが感心したような目で見る。


「グリオさん。冗談まで言えるようになったんですねぇ」


 グリオハンは骨をしゃぶりながら、怪訝(けげん)そうな目をアーダンに向けている。


「じ、冗談ではなかったと……」


「ところでさ、店主」


 一方、ひとり真面目くさった顔のファイレナは、料理を運んできた店の主に声をかけた。


「この近くに、〈深層(ディープ)〉へ入れる場所があると聞いてやってきたんだけど、それはどこにあるのかわかる?」


 店主は空になった皿と杯を重ねてまとめながら、ファイレナに顔を向けた。その顔が徐々に決まりの悪そうな、申し訳なさそうな苦笑に変わる。


「いやぁ、たしかに〈深層〉に入れる洞窟があったんですけどねぇ」


 歯切れの悪い言葉が滑り出る。


「入り口ってことは出口でもあるってことでしょ? 妙な魔物が出てこないようにって、(ふさ)いじまったんでさぁ」

「はぁ? 塞いだ? 誰が!」


 ファイレナが思わずテーブルに平手を叩きつけた。

 店主がビクリと肩を跳ね上げる。

 シオとアーダンがなだめるようにファイレナに手をやった。グリオハンはなにより肉を咀嚼(そしゃく)することが大事なようで、一瞥(いちべつ)をくれるだけだ。


「〈深層〉に入ることが目的でやって来たんなら、なんだか申し訳ねぇっすねぇ」


 店主が申し訳なさそうに頭を下げる。


「ああ、いや。声を荒げて申し訳ない、ご主人。何か、事情があるんでしょう?」


 店主は食器を厨房との境になっているカウンターに置き、再び四人の方へ体を向けた。


「ええ。この辺りにあった〈深層〉の入り口から入るとね、そう遠くない場所にノームの集落があったんですわ。うちらの村とも交流があって、食べ物と鉱石なんかを交換したりもしてね」


 店主は空いている椅子を引っ張ってきて腰を下ろし、パイプを咥えて火を点けた。


「そこがね、深い層から湧いて出た魔物のおかげで、住めんようになったというんですわ」

「ノームの集落が襲われたってことか」


 ファイレナの言葉に店主は眉を下げた。交流のあったノームの一族だ。その平穏を案じているのだろう。


「氏族は移動を余儀なくされたんですが、地上との入り口を開けたままにしておくと、ここにも魔物が上がってくるかもしれんからって、ノームたちが道を塞いでくれたんですわ」


 店主が吐き出した煙が揺らめきながら登っていき、天井で消える。


「そんな事情があったんですね」


 シチューのじゃがいもを咀嚼しながらシオがうなずいた。


 ファイレナは頭を抱えた。そんな事情があれば、入り口を塞いだことを責めるわけにはいかない。怒りや苛立ち、(いきどお)りといった負の感情が心に渦を巻いているが、それを発散する場所がない。

 ちらりと前に目を向けると、グリオハンは我関せずとばかりに肉をむさぼっている。

 クソが。気分が晴れるまでこいつに八つ当たりしてやろうか。


「ですが、店主。この下に〈深層〉が広がっていることは間違いないんですね?」


 アーダンは常に冷静だ。


「ええ。そりゃ間違いないです」

「では、どこか近くに他の入り口がないか、探してみるというのも手かもしれませんね」


 ファイレナは店主に杯を差し出し、おかわりを頼んだ。店主はその杯を持って厨房の方へと向かって行く。


「望みをかけてそうするしかないな。何も見つからなかったら、そのときまた考えよう」


◇◆◇◆◇◆◇


 四人は村でしばらく休養を取ることを決めた。不死者のアーダンを除く三人は、これまでの旅程で疲弊(ひへい)しきっていた。


 各々自由に村で過ごす。アーダンは村の年配者を集めて、本人曰くの徳の高い話という金儲けの話を聞かせていた。アーダンの話術は巧みで聞き手に優しく、年配者ほど(とりこ)になった。

 シオは村の子供たちの遊び相手になって村中を駆けずり回っていた。足が速くてすばしっこく、手先も器用だ。少年たちとはかけっこで遊び、少女たちには花冠を作ってやる。持ち前の明るさもあって、「小さいお姉さん」という愛称であっという間に慕われた。


 一方、ファイレナはアーダンやシオとは違い、積極的には村人と交流しようとせず、一日のほとんどを、読書をして過ごしていた。

 村の中心にある大きな木に背中を預け、古代語の魔術本を読みふける。


「おまえは交わらんのか? 半エルフ」


 その前にグリオハンが仁王立ちしている。


 ファイレナは本から視線だけを上げ、睨み付けるようにグリオハンを一瞥する。


「人間の輪から遠ざけられた経験がある。だから、今でも積極的に人間たちと交わろうとはしないのさ」


 ファイレナは本に視線を戻した。だが、言葉は続ける。


「おまえこそ交わらないのか? 人間だろう?」


 そこにはたっぷりの皮肉がこもっている。


「ぬかせ。同じ人間でもやつらは我には近づかぬ」


 グリオハンの言うとおりだった。その体躯と剣呑(けんのん)な目つきに、ただならぬものを感じている村人は、誰も積極的にグリオハンに近づこうとしなかった。ただ、人間をわずらわしい生物だと考えるグリオハンにとっては、そちらの方が都合がよかった。

 宿敵グリオハンと仲良くお喋りすることもない。ファイレナは本に意識を向けようとして、ふと、戦斧のことを思い出した。


「おい、クソドラゴン。おまえが手に入れた斧だけどさ、ちょっと詳しく見せてくれないか?」

「なぜ?」

「炎を噴いただろ? 再現性を求めるなら理由を知る必要がある」


 納得したようにグリオハンは、背負った戦斧をファイレナに差し出した。

 ファイレナが両手で受け取る。エルフの細腕にはあまりにも重かった。ファイレナは木に戦斧を立てかけて、その意匠を眺めた。

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