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ep.52 効かない体

 結局、さらなる追撃や先回りもなく、四人は森を抜けた。そこからもう少し足を延ばしたところで、山間部にできた村に辿り着く。


「はぁ~、む、村だぁ~」


 シオが思わずそこでへたり込んだ。安堵した途端に力が抜けた。

 柔らかな風が吹き抜け、遊ぶ小鳥のさえずりと草花の香りがそれに混じる。

 これまでの逃亡劇が嘘に思えるほどの長閑(のどか)な風景だ。


「おや? これは旅のお方ですか。ようこそ、おいでくださいました」


 村道を歩いていた村人が四人を見つけた。温厚そうな笑みを浮かべてお辞儀をする。

 アーダンが慇懃(いんぎん)に頭を下げる。シオは笑顔で片手を振った。ファイレナもアーダンと同様に頭を下げたが控え目な会釈である。グリオハンは頭も下げなければ手も挙げない。それどころか威圧的に村人を見下ろすばかりだ。

 村人は喉奥で小さな悲鳴を上げた。

 すかさずファイレナが大きな背中を杖で叩く。


「せめて手くらい挙げろ。人と人との挨拶だぞ」


 挨拶。その必要性をいまだに理解できていないグリオハンが、鬱陶(うっとう)しそうにファイレナを一瞥(いちべつ)する。そして、やはり挨拶なしでのしのしと歩いていった。


「しばらく大変な道のりが続きましたから、人の姿を見るとなんだかホッとしますねぇ」


 シオが安心しきったような締まりのない笑顔を浮かべる。

 四人は久々に人々の営みが(かも)し出す温かな空気を堪能するように、のんびりと村道を歩いた。

 その村は、山と森に囲まれた辺鄙(へんぴ)な場所にあったが、思いの外、多くの村人の姿を見ることができた。


「意外と言っちゃなんだけど、けっこう人がいるんだね」


 ファイレナが誰ともなくそう感想を口にする。


「我々は途中、事情があって森を抜けましたが、本来なら、街道も繋がっていますからね。距離こそありますが、大きな町からも流通のある場所ですよ」


 そう説明するのはアーダンだ。

 先を歩いているグリオハンが振り返った。


「あのエルフの魔術師が死んでいる村、あそこも道で繋がっていたが、これほど人はいなかったぞ」


 アンバーグロウピークにもっとも近い村、アルダーウィンだ。


「おまえのおかげで人が寄り付かなくなったんだよ、マヌケ」


 ファイレナが舌打ちする。シオが噴き出した。

 村の中には、一軒ずつではあるが、旅人に向けた酒場も宿屋も道具屋も揃っている。


「まともな休息も取れそうだし、足りないものも買い足せそうだ」

「ファイレナさん。私、ずっと徒手空拳でしたけれど、この先も困難があると想定すると、やはり何か武器を持とうと思うのですよ」


 アーダンが空の手の平を上へ向けた。


「ああ。いいんじゃないの? 死体がなきゃ、霧になるくらいしか能がないもんな」

「はぁ、もっと優しい言い方できないもんですかねぇ? 治癒魔法だって使えるじゃないですか。お師匠様の教育方針が疑われますよ」


 アーダンがムっと顔をしかめた。その直後、思い出したようにポンと手を打つ。


「そう言えば、治癒魔法で思い出しましたよ。あの蜘蛛面と戦ったときのことです」

「あん? 何かあったっけ?」

「はい。グリオさんに治癒魔法をかけたんですが、魔法が効かなかったんです」

「そういえば、おまえは応急処置をしてたな。いよいよ治癒魔法も使えなくなったのかと思ったもんだけど、そういうことか」


 ファイレナは側頭部から垂れた髪を弄っている。


「もしかすると、あいつには強力な魔法がかかっているから、他の魔法がかからないのかもしれないな」


 グリオハンはどこに向かうつもりなのか、のしのしと大股で先に進んでいる。シオがその後ろを追いかけている。


「あの、人間化の魔法ですか?」

「うん。人の体はいくつもの魔法を許容できるようにはできてないんだ。大抵、どんな魔法がかかっていても治癒魔法くらいなら受け付けるけど、本当に強力な魔法がかかっている場合、それが邪魔して一切の魔法は受け付けなくなる」

「では、グリオさんには治癒魔法は通用しないんですね」


 アーダンは思案顔を浮かべる。戦闘になると前線に立つのはグリオハンを置いて他にいない。頻繁(ひんぱん)な負傷も避けられないグリオハンだからこそ、都度(つど)、治癒魔法が必要になるはずだ。だが、その治癒魔法が通用しない。そうなると、この先の冒険も厳しくなる。

 難しい顔をするアーダンの背中をファイレナはポンと叩いた。


「そんな深刻になることか? あいつは師匠を蘇らせた後は敵になるんだぞ。弱点はあった方がいい」

「……あなたは一切ブレませんね。そういうところは立派ですよ」


 ファイレナは少し離れた先を歩くグリオハンの背中に目をやった。大きな背中だ。たしかにその背中は、亜人や刺客と戦うときにはこの上なく心強かった。

「仲間として考えるならいい面もあるぞ。おそらく肉体操作系の魔法も精神操作系の魔法もあいつには効かないってことだから」


 感心したようにアーダンは唸った。


「なるほど。そういうこともありますか」

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