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ep.50 蜘蛛面

 刺客を仕留めると、魔法にかかっていたアーダンがハっと瞬きをして我を取り戻した。


「はっ! い、一体どういうことです? 私の体がっ」


 アーダンは真っ二つになった自身の体に驚いている。


「つまらない精神操作魔法にかけられたんだよ。そいつはその代償だ」


 上半身のアーダンは下半身へ這い寄っていき、ようやく元の姿に戻る。


「いやはや、シオさんもとんでもない連中を引き寄せてくれたものです」

「おい。呑気なこと言ってる場合じゃないだろ。あともうひとり残ってるんだ」


 ファイレナは残りのひとりである蜘蛛面に目をやった。ふたりの刺客に気を取られている間中ずっと、蜘蛛面はグリオハンが押えていた。

 しかし、その怪力と頑丈さで一対一では無類の強さを誇っていたグリオハンが、炎の斧を携えているにも関わらず、蜘蛛面の途切れることを知らない猛攻の前に防戦一方に追い込まれている。


 アーダンも息を飲んだ。


「やはり、あの方だけは格が違うようですね」

「加勢するぞ! クソドラゴン!」


 ファイレナが声をかけると、グリオハンは一瞬だけ、怒気を(はら)んだ目をファイレナへ向けた。


「いらぬっ! こやつは我が仕留める!」


 今度はファイレナが目に怒りを(たた)えた。


「変なことにこだわるな! 後ろにはオークのクランも迫ってるんだぞ!」

「ならば、さっさと仕留めればよいだけのこと!」


 グリオハンは雄叫(おたけ)びを上げ、猛然と蜘蛛面へ向かって戦斧を振るった。巨木さえも一撃で薙ぎ倒さん猛撃だ。だが、蜘蛛面はまるで黒い風のようにゆらりとその一撃をかわしてしまう。


「それができてないから言ってんだろ!」


 グリオハンひとりでは力不足。ファイレナは厳しい言葉で現実をつきつける。


「加勢させろ。これはそもそも三対三の戦いなんだ」


 蜘蛛面は剣呑(けんのん)な空気を漂わせたまま、そこに(たたず)んでいる。両手を下ろし無防備な体勢。だが、隙がない。いつでも致命的な一撃を繰り出してくる。


「そうですよ。グリオさん。我々はチームで行動しているのですから」


 アーダンはグリオハンの後ろで、昔取った杵柄(きねづか)のささやかな治癒魔法で、その大きな体が負った負傷を癒そうと努めた。

 だが、治癒魔法がグリオハンの体に反応しない。魔法を弾いている。


「ん? え? これは?」


 ひとり動揺しているアーダンをグリオハンが鬱陶(うっとう)しそうに振り払った。


「一撃当てれば勝てる。動きを止めろ、半エルフ」


 グリオハンは溜息のように言葉を吐き出した。あきらめのようでいてそれは前進である。


「よし。仕留めろよ、クソドラゴン」


 ファイレナはグリオハンの右手側の後方へ下がった。思案顔を浮かべたままのアーダンが、それを見て慌てて逆側、左手側へ下がる。グリオハンを頂点にした三角形を形成する。同時にファイレナの詠唱が始まった。


 まずは魔法が来る。それを察した蜘蛛面は標的にファイレナを選んだ。滑るような足運びでグリオハンの脇を抜け、一気にファイレナへと迫る寸法だ。その動きは蜘蛛面ながら、さながら蛇だ。

 だが、グリオハンは戦斧を構えてファイレナへと至る直線を防ぐ。蜘蛛面の剣と燃え上がる戦斧がぶつかる。

 蜘蛛面がもう一方の手に持った剣を素早く投げた。それはグリオハンの脇を抜け、真っ直ぐにファイレナへ飛んだ。最初からこうするつもりだったのだ。

 あわや串刺しという瞬間、横合いからアーダンの拳が飛び、剣を叩き落した。肘から先を黒い霧と化し、拳を飛ばしてぶつけたのだ。


「助かった! アーダン!」

「お安い御用ですよ」


 即座にファイレナの放つ魔力が魔法に変わる。


「《束縛す(マジック・)る魔力(バインド)》」


 解放された魔法が蜘蛛面を襲う。蜘蛛面の両手、両足、さらに首元に、光輪が発現し、その動きを完全に封じた。逃れようと身じろぎする蜘蛛面だが、空間に浮かんだ合計五つの光輪は微動だにしない。単純な物理力では動かないのだ。


「クソドラゴンの怪力をもってしても逃れられないぞ。ましてやおまえなんかには無理だ」


 ファイレナが魔術杖で蜘蛛面を指す。


「でかした、半エルフ!」


 グリオハンが戦斧を振りかぶった。怪力と斧の重量を目いっぱい乗せた必殺の一撃を、脳天へ叩き込む。


「燃えカスになって死ね!」


 蜘蛛面に嵌った赤い石が六つ、鈍く光った。


「《(ファントム)(・アーム)》」

 蜘蛛面の言葉で、肩口から煙状のものが噴き出し、ぼんやりとした輪郭を帯びると、交差しながら戦斧の一撃へ向かっていく。


 三人が一様に目を丸くした。


 それは魔力で生み出された腕だった。それが左右二本ずつ、合計四本。すべてが同じく魔力でできた剣を握っている。それがグリオハンの戦斧の縦振りを止めたのだ。


「くそっ! あんな魔術を隠してたのか!」


 確実に仕留めたと思った。口惜しやとファイレナが舌を打つ。


「甘く見ている。何もかもを」


 蜘蛛面の、人間味を感じさせないくぐもった声。

 さきほど蜘蛛面が投げ放った剣がカタリと音を鳴らし、急に地面から飛び上がった。その切っ先が下から斜めにファイレナの体を切り裂いた。


「うあっ!」


 鮮血が散り、ファイレナがたたらを踏む。集中が途切れて光輪が消えた。剣はそのまま蜘蛛面の手元へ一直線に戻っていき、自由を取り戻した蜘蛛面が再びその剣を手に握った。これで蜘蛛面は六本腕の六刀流となる。

 危険を察してグリオハンが即座に飛び退き距離を取った。


「ファイレナさん! 大丈夫ですか?」


 アーダンがファイレナへ駆け寄った。


「剣に《帰還(アポート)》の魔法をかけてたのか。油断してた」


 帰還は持ち主の手元に自動に戻る魔法だ。ファイレナがその軌道にいたことで傷を負ってしまった。あるいは、蜘蛛面は最初からそうするつもりで剣を投げていた。

 ただ、幸い、負傷はそれほど深刻ではない。

 安堵の色を浮かべるアーダンは即座に治癒魔法を開始した。


「おい、半エルフ。仕留め切れなかったではないか」


 グリオハンが苛立ちのこもった目をファイレナへ向けている。


「うるさい! だったら、今度は魔法を倍加させて幻肢もろとも固定してやるよ」

「できますか? 一度見た魔法は抵抗しやすくなる。ましてや、あやつは魔剣士。いかに賢者サリフィンの弟子であるあなたの魔法でも、二度はかかってくれませんよ」


 アーダンの言うことは正しい。ファイレナは下唇を噛む。

 では、どう攻めるか。次の手立てを練ろうとしたとき、足元に突然矢が突き立った。

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