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ep.48 脱出

「ふん。手こずらせおって」


 最後にグリオハンが戦斧を一振りすると、何事もなかったように炎は消えた。


「ふむ。一体全体、どういうプロセスでこの斧は火を()いたのでしょうか。何かわかりますか? ファイレナさん」


 アーダンはファイレナを振り返った。


「うるさい! 終わったならさっさとこのボーラをほどけよ! タコ!」


 ボーラに捕らわれたままのファイレナが、横たえた体を芋虫のようにゆすっている。

 元の姿に戻ったアーダンが脇に座り、ボーラの糸を摘まんだ。通常の刃ではなかなか切れない厄介な糸でも、腐食の術でボロボロにできる。


「斧は後で調べるよ。なんにせよ、魔法のかかった斧であることは間違いない。運がよかったと思ってもらっとけ」


 ファイレナが(あご)をしゃくると、グリオハンは頷くかわりに目線をくれる。


「あとさ、アーダン。本当にシオを連れていくつもりなのか?」

「当然でしょう。先ほども言ったように、あの小さい体は言わば財宝の詰まった金庫です。場合によっては〈影の道(シャドウ・パス)〉との交渉にも使えるでしょうしね」

「どんな目でシオを見てるんだ、おまえは」

「私、宝物庫を荒らされたこと、まだ許していません」

「おい。いつまでお喋りしているつもりだ? 武器も手にした。さっさと皆殺しにするぞ」


 グリオハンがぐるりと右肩を回す。


「ちょっと、グリオさん、まさか最後まで相手をするつもりなんですか?」


 アーダンが眉根を寄せた顔を、グリオハンの視界にねじ込む。


「当然だろう。奴らには思い知らせなければならん」

「オークたちに〈葬送(フューネラル)〉までいるんですよ? 三人で全部を相手するのは骨が折れます。逃げられるときに逃げるべきでしょう」


 アーダンは気を失ったままのシオの体をグリオハンの足元まで引きずった。視線を上げ、シオを担ぐように促している。

 グリオハンが眉を潜めた。アンバーグロウピークで傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に振る舞っていたグリオハンに、逃げるという発想はない。自身に対して冒険者がそうであったように、背中を見せることは、敗北を認める行為そのものなのだ。

 グリオハンのプライドに火が点く。

 それを敏感に察知したのはファイレナである。


「余計なプライドを持つな。今のおまえはドラゴンじゃない。人間なら危ない局面からは逃げるんだ。そうせずに死んだ愚かな連中を、他ならぬおまえが散々見てきたんだろ」


 ファイレナの突き付ける正論。だが、グリオハンの目に従おうという意思は見られない。

 ファイレナはさらに続ける。


「おまえはずっと最強で無敵だった。それは、挑んだやつが皆死んで、おまえが最後まで生き残ったからだ。結局、生きてたヤツが勝ちなんだよ。意味のないところで命を捨てるな。勝つつもりならここは退け」


 グリオハンは喉の奥で(うめ)いた。しぶしぶ飲み込んだというところだろう。


 いましがた絶命したばかりのふたりの刺客、そしてオークのダヌウが、煙がくゆるようにゆらりと立ち上がった。アーダンがまたしても操り人形の(しかばね)として蘇らせたのだ。


「さぁ、もう少しだけ場を混乱させます。その隙に脱出しましょう」


 ファイレナがさっと手を上げて、岩に囲まれた茂みの方を指差した。


「あっちから抜けるぞ。岩の影を移動するんだ」


 アーダンが不死者をクランへ放った。その(すき)にファイレナとアーダンが動く。結局はグリオハンもそれに続いた。

 クランのアジトは、オーク、残った〈葬送〉の刺客、そしてアーダンが生み出した不死者の三つ巴で混乱を極めている。

 三人は、その混乱の喧噪が少しばかり耳に遠くなったところで、ようやく後ろを振り返った。追っ手はない。想定よりも楽に脱出できたようだ。


「よし、このまま遠くまで行ってしまおう」


 ファイレナの言葉にあとのふたりが(うなず)いた。


「逃げ切れるとでも?」


 不意に、樹々のざわめきに低い声が混じった。

 突如、前方から黒い影が迫り、鈍色(にびいろ)の刃が(ひらめ)いた。

 咄嗟(とっさ)にグリオハンがシオを後ろへ投げ落とし、戦斧を構えた。迫った刃を間一髪、柄で止める。

 〈葬送〉の刺客だ。

 一撃を止めたと思ったのも束の間、今度は樹々の上から、ナイフの投擲が雨のように降り注ぐ。


「ぐぬっ」


 怒涛の投擲攻撃に、屈強なグリオハンでさえも思わず膝をつく。

 最初の一閃を放った刺客が、好機を逃すまいと、剣を振り上げた。


「クソ竜っ!」


 突然の閃光が弾けた。ファイレナが光の魔法を放ったのである。目を焼かれた刺客の剣が空を斬る。

 同様に目を焼かれたグリオハンが闇雲に刺客を押しやり、距離を取った。


「目がっ! くそ! この半エルフめ! 何をするか!」

「おまえを助けてやったんだろ! ありがとうくらい言えよ! バカ!」


 〈葬送〉の刺客は三人だ。

 こちらと数は同じだ。グリオハンを先頭にしてファイレナとアーダンが後方に控える。

 刺客側もそれを見て、真ん中の男が片手を挙げた。すると残りのふたりが後方へ下がる。

 見れば、真ん中の男はひとりだけ装備の様子が少し違った。仮面には、視界を確保するために空いた左右の穴の下に、それぞれ三つの赤い石が縦に(はま)っており、口に当たる部分には牙を模したような彫り物が施されている。

 さながら八ツ目の化け物、あるいは蜘蛛を彷彿(ほうふつ)させる。

 他のふたりが、目元に穴が空いただけののっぺりとした仮面であることを考えれば、これが〈葬送〉のリーダー格と見て間違いない。


「グリオさん。あまり時間はかけていられません。背後からオークが迫ってくることもありますから」

「やかましい。さっき暴れられなくて鬱憤(うっぷん)が溜まっていたところだ。すぐに終わらせる」


 グリオハンが戦斧を構える。

 ファイレナがアーダンに体を寄せた。


「アーダン。奴らの狙いはあくまでシオの身柄で、私たちを殺すことじゃない。おそらく、戦闘に乗じてシオの身柄を確保しようとするだろう」


 ファイレナの視線がちらりと横たわったシオに向く。


「だからあえて(おとり)に使う。シオを危険に(さら)せ」


 アーダンは一瞬、逡巡する様子を見せた。シオは金の詰まった金庫。奪われたら口惜しい。

 だが、結局はうなずいた。ファイレナの策は有用と判断した。

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