ep.47 オークの戦士
グリオハンの背後からひょっこりとアーダンが顔を出す。その更に後ろでは動く屍と化したオークたちが、生けるオークたちと無為な戦いを繰り広げている。
「シオさんを置いて行ってもらいましょうか」
「おい、死に損ない。そのチビはもうよかろう。面倒事もなくなる」
「グリオさん。浅はかですよ。シオさんの首にいくら賞金がかかっているのかご存じでしょう? このままむざむざと連れていかれるなんて、あまりに惜しい!」
「貴様、自ら連れて行こうというのか?」
「犯罪者史上、最高額なんですよ? それ以外あります?」
アーダンは馬鹿を見る目でグリオハンを見ている。
「金の亡者め……」
その横でファイレナは呻いた。
「さぁ、シオさんを置いて行きなさい」
アーダンは刺客へ再度忠告した。
刺客は仮面の奥からしばらくアーダンを睨んだあと、ゆっくりとシオの体を地面へ横たえる。
シオの体が刺客の手から完全に離れた。
その瞬間、刺客が飛び上がり、X字に背負った二刀を抜き、アーダンへ斬りかかった。その速さたるや、刺客が攻撃に転じたと気付いたときには、すでにアーダンの体は四つに切断されていた。
「口ほどにもないっ!」
刺客は吠え、振り切った剣を巻き戻すように、今度はグリオハンを下から上へX字に切り裂く。
だが、である。刺客の二刀がグリオハンの分厚い筋肉の鎧に触れた瞬間、ぽっきりと折れた。見れば、あれだけ怪しくギラついていた剣が、真ん中からボロボロに腐食している。
刺客の首を背後から冷たい手が掴んだ。無残に切り裂かれたはずのアーダンの手だ。
「死霊術には腐敗を操る魔術もあるのです。あなたの剣が触れたとき、腐食させました」
「な、なぜ生きている」
刺客は震える声で問う。
剣で斬られたアーダンの切断面からはドス黒い霧が漂っている。
「そもそも生きていません。ですが、このことをギルドに持ち帰ってほしくはありませんね」
アーダンが次の死霊術を始めようと片手を挙げた。しかし、魔術を組み上げるより早く、刺客の首がまるでボールのように吹き飛んだ。
突然のことにアーダンがギョッと目を剥くと、倒れ行く刺客の向こうに、大柄なオークが仁王立ちしていた。
「やれやれ、今度はオークですか」
「見つけたゾ! 脱獄者ゾ! おまえたちをダヌウがシチューにするゾ!」
クランの中でもひと際大柄な個体だ。体躯だけなら頭領のマルグルンよりも大きい。そして名前はおそらくダヌウ。
「ふむ。クランの中でもおそらく一目置かれるような存在でしょうね」
アーダンが指を差したのはダヌウが持つ得物の戦斧だ。
他のオークのものと違い、まるで名門騎士一族が持つような精巧な細工を施された立派な造りのものである。数少ない業物を使うことを許されているのは、ダヌウが他の者よりも抜きん出ていることの証左である。
「関係ない。所詮はオークよ」
グリオハンがシオの傍らに落ちていた戦斧を拾い上げる。名もない量産品だが、孤高のドラゴンにも愛着というものが芽生えたのか、その柄を優しく撫でる。
ダヌウが早速、容赦なく戦斧を真上から振り下ろした。
グリオハンは得物を横へ構えてそれを受け止める。
が、筋肉の塊のようなダヌウの一撃は凄烈。せっかく取り戻したグリオハンの戦斧はいとも容易くへし折られてしまった。
受けきれずにその胸に一撃を食らい、グリオハンがたたらを踏んで下がる。
「グリオさん!」
グリオハンが自らの胸に手をやり、べったりとついた血を眺めた。オークのような下等種族に力負けして、あまつさえ一撃を入れられた。耐え難い屈辱に怒りの炎が燃える。
「おのれ……人間などになったとて、貴様のような下等生物に遅れを取るなど恥辱! 我が怒りを思い知るがいい!」
怒髪天を衝くグリオハンは、徒手空拳のままダヌウへ向かう。
「ちょっと! グリオさん! 素手は危険ですよ!」
だが、アーダンの声も届いていない。
素手の相手などもはや恐るるに足らんとばかりに、ダヌウは全力を込めて戦斧を振り下ろした。
しかし、グリオハンは避けるどころか、むしろ踏み込み、戦斧が勢いに乗り切る前に両手で掴んで止めた。
戦斧一本を挟んでふたりの力比べが始まる。
すると、それは突然起こった。ダヌウの戦斧が赤い光を発し、紅蓮の炎を纏ったのである。
「ほ、炎⁉ まさか、魔法の斧だったんですか⁉」
アーダンが瞠目する。
しかし、持ち主のダヌウでさえもうろたえている。
「み、妙ですね。ダヌウ自身も驚いているような……」
そこで動じていないのはグリオハンだけだ。
グリオハンは、ダヌウの下腹部に膝蹴りを叩き込み、下がった頭部に頭突きを見舞った。鼻っ柱がへし折れる嫌な音がする。
そして、怯んだところで両腕を捻り、とうとうダヌウから戦斧を奪い取った。
「ウオオオオッ!」
燃える戦斧を振り回し、紅蓮の軌跡を描く。それはついにダヌウの脳天へ振り下ろされた。巨漢のオークは脳天を勝ち割られ、さらに炎に焼かれて悶絶しながら絶命した。




