ep.45 魔術対決
早速、剣ゴブリンが得物を振りかぶって襲い掛かった。
「ファイレナさんの邪魔はさせませんよ!」
シオは逆手に握った短剣で剣を受け止めると、小さい体でゴブリンを押しやり、順手に持ち替えて素早く振り抜いた。ゴブリンがさっと小盾を構える。その小盾が、ファイレナの言葉通りに真っ二つになった。
ギョッと目を見開く剣ゴブリン。シオはその隙を見逃さず、ゴブリンの懐へスルスルと入り、ためらいなく短剣を喉に埋めた。その流れるような動きは、悪名高い盗賊ギルドで暗躍していたことを裏付けるものだった。
「ガッ」
と、剣ゴブリンが短い断末魔の声を放ち、ゴボゴボと泡立った血を吐き出しながら絶命した。
「ひゃー! ファイレナさんの魔力を込めた短剣、すごい切れ味ですね!」
改めて魔力強化された威力に感嘆する。
だが、落ち着いてはいられない。ゴブリンはもう一体いる。
槍ゴブリンは剣ゴブリンがシオと交戦している間に、静かにファイレナへ近づいていた。
ファイレナはドゥルエラに注意を向けたままで、それに気付いていない。
シオは咄嗟に、魂砕きの短剣を抜いて、投げつけた。
槍ゴブリンはそれに気付いたが、取り回しの悪い槍が防御に間に合わない。
短剣が胸に突き立った。
その瞬間、槍ゴブリンは甲高い悲鳴を上げながら痙攣を起こし、槍を落として直立のままバッタリと後ろへ倒れ込んだ。
ぽっかりと口を開けたまま、まるで作り物のような焦点の合わない瞳で、空を見上げている。定命の者に魂砕きを使うのはこれが初めてだった。
「はわ~。こんなふうになってしまうんですね……」
初めて見る魂砕きの効果に当のシオも困惑しきりだった。
一方、ドゥルエラに対峙しているのはファイレナである。
魔術杖を奪い返して自信に満ちたファイレナだが、表情は歪んでいる。槍で突かれた肩口の激痛は誤魔化せない。
ファイレナは一度強く奥歯を噛んで痛みを意識の外へ無理矢理押し出し、強い意志力で詠唱を開始した。
魔術の錬成に使う古代の言語。形式の決まった音数の中で韻を踏みながら、魔力のこもった言葉を紡ぐ、杖を前に構え、もう片方の手は杖に添えて次々に印を結んでいく。
相手の出方を伺うようににじりにじりと歩み寄れば、ファイレナの内なる魔力が迸り、辺りに漂う外なる魔力が、引き込まれるように渦を巻く。
「半端エルフが小癪なっ!」
ドゥルエラも追いかけるように詠唱を開始した。しゃがれた耳障りな声で、精霊への呼びかけを行う。その言葉の羅列は協力要請ではなく強要。風が逆巻き、ヒュウヒュウ、ゴウゴウと音を鳴らす。それは精霊たちの叫びだ。
気流がうねり、渦を巻く。先に術式を完了させたのはドゥルエラである。先手必勝。黒ずんだ歯茎を露出して笑み、ドゥルエラが魔法をファイレナへ放った。
「《風魔人の叫び》!」
螺旋を描いて伸び上がる竜巻である。土を巻き上げながら、飲み込んだことごとくを粉砕する。
「五体バラバラに引きちぎれて死ねえぇっ!」
一方のファイレナは、魔術を放ち終えた瞬間のドゥルエラに魔術を放った。
突如、ドゥルエラの、ファイレナの世界が横転する。
はっと目を上げたドゥルエラの眼前には、今しがた自らが放った竜巻が聳えていた。
「は?」
何が起こったのか。その疑問の声とともにドゥルエラは竜巻に飲まれた。
それを見ているファイレナは、ドゥルエラが立っていた位置にいる。
「《座標変換》。おまえと私の位置を変えた。どんな気持ちだ? 自分の魔法を食らうのは」
「アビャアアアアッ」
全身を捩じり回されたドゥルエラが、石や土くれとともに舞い上がり、最後に地面へ叩きつけられた。
ファイレナの脳裏にサリフィンの声が蘇る。
――直接相手にかける魔法は抵抗の余地がある。卓越した魔術師なら魔法を跳ね返してしまうこともある。なら、どうすればいいか。わかる? ファイレナ。答えは、抵抗できない瞬間を狙え、だ――
ファイレナは魔術杖の先でぐったりとしたドゥルエラの胸を突いた。息も絶え絶えのドゥルエラが体に残った息を吐き出した。
「魔法の打ち合いは拳闘と同じだ。腕の伸び切ったところにカウンターを合わせろってな。師匠が言ってたよ」
しかし、言葉を最後まで聞く前にドゥルエラは果てていた。
「ファイレナさんっ!」
シオがファイレナに駆け寄る。地面に伸びているドゥルエラを見ると、その首に巻かれたスカーフを剥ぎ取って、自身の首に巻いた。
「よし。これでまたマスターから隠れられます」
「まだ安心はできないだろ。〈葬送〉とかいうのはまだそこにいるはずだ」
ファイレナが刺客たちの姿を探そうと振り返った。
そこにキラリと光るものが飛来した。




