ep.41 さらなる脅威
「ああ! よかった! ファイレナさん! 無事だったんですね!」
格子を握って様子を見ているシオは涙目だった。
ガチャリと鍵が閉められ、再びファイレナは檻の中の住人に戻った。
ドゥルエラが四人を意地悪そうな目で見回す。
「ケヘヘ。早ければ明日、お前らは仲良くシチューになる。楽しみだわい。人間とエルフと小人が一緒に煮込まれたシチューはどんな味がするかのう」
シオはファイレナに手招きし、格子に顔を寄せてコソコソと内緒話を始めた。
「あいつらどうせ夜には半数がいびきをかいて寝るはずです。その隙を見て逃げ出しましょう。鍵なら私が開けますから」
「おい、そこな小人。何をコソコソしとるんじゃ」
ドゥルエラの油断ない目つきがシオを射抜く。
「いえいえ! なんでもありません!」
脱出計画を気取られてはまずい。シオは両手を振りながら慌ててファイレナから離れた。
ドゥルエラはそんな白々しいシオをまだねちっこく見ていて、何を思ったのか、無言でチョイチョイと手招きした。
「な、なんでしょう」
不審に思いながらも、逆らうのはまずいかもしれない。シオが四つん這いになって檻の正面へ進む。と、途端、ドゥルエラがサっと手を伸ばし、シオの首に巻いたスカーフを乱暴に引っ掴んだ。
「あっ! ちょっ! やめ……っ!」
シオが思わず両手でスカーフを抑える。
「いい色の布だねぇ! あたしゃひと目見たときから、それが気に入ってたんだよ! よこしなっ!」
それはシオが魔術的に隠密するためのスカーフだ。剥ぎ取られると、あの恐るべきギルドマスター〈見えざる手〉に居場所を知られてしまう。
「やめろっ! このスカーフは絶対に渡さない!」
よほど気に入ったのか、ドゥルエラは老女とは思えない握力と腕力をみせる。シオは格子に両脚を踏ん張って必死の抵抗を続けた。
すると、ドゥルエラに付き従うゴブリンの一匹が、斜めに背負っていた手槍をさっと取り出し、石突の方を構えて檻へ突き込んだ。
「ぎゃっ! いたい! いたいっ!」
狭い檻の中では逃げ道もない。なされるがままにさんざん突き回され、ついにシオはスカーフから手を放してしまった。
「あ、ああ……ス、スカーフが……っ!」
茫然自失となるシオ。それを見ているファイレナの顔も青ざめた。
シオの危機、それは行動を共にしているファイレナたちにも無関係の話ではないのだ。
シオの目に檻越しに映るドゥルエラの憎たらしい笑顔。ドゥルエラは宝石の首飾りでも送られた乙女のように、うっとりとスカーフを見つめ、ゆっくりとその首に巻いた。
「どうだい?」
ドゥルエラに聞かれ、従者のゴブリンふたりは、両手を擦り合わせながら競うように賛辞の声を上げている。
シオが獣のように檻にしがみついた。
「返せっ! 今すぐそのスカーフを返せっ!」
スカーフを掴まんと、格子の隙間から手を伸ばす。
ドゥルエラがその手を杖で容赦なく叩き落す。
「ケヘヘヘ。どうせ明日にはシチューになるんだよ。今更、返してもらってどうするっていうんだい。馬鹿だねぇ」
下品な高笑いが響く。ドゥルエラは去って行った。溶けたバターのようにシオはくずおれた。
「終わりだ……マスターに見つかる……もう、終わりだ……」
虚ろな目でうわ言のように繰り返す。
ファイレナは辺りを警戒した。魔法生物である〈見えざる手〉にとっては物理的距離など関係がない。シオの居場所がわかったら、すぐに現れても不思議ではない。
ファイレナが唾を飲む。しかし、一向にそれらしい存在は現れなかった。
「来ない……ぞ? まったく……脅かすんじゃないよ……」
「いえ、ファイレナさん。安心するのはまだ早いかもしれませんよ」
アーダンの言葉とほぼ同じくして、輪を作るクランのオークたちの頭上に、前触れなく魔術の幾何学模様が浮かび上がった。
ファイレナがそれを見てすぐに声を上げた。
「転移門……っ!」
気付いたオークたちがボケっと頭上を見上げている。魔法関連に疎い彼等にそれが何なのか理解ができていない。
だが、ドゥルエラは違う。
「お頭ぁっ! 何かやってきよるぞっ!」
ヒステリックな叫びが響く。食事を楽しんでいたマルグルンは、椀を放り捨てて、代わりに戦槌を握った。
転移門の出現によって、宴の賑やかさに包まれていたオークの一団は、あっと言う間に剣呑な空気へ様変わりした。
「なんの騒ぎだ?」
ひん曲げた格子から両手足を投げ出していた眠れる竜が目を覚ました。
「シオを追ってるギルドの連中がやってくるんだよ!」
檻の格子を掴んでファイレナが叫んだ。




