ep.40 かつての仲間
シオの視線の先にいるファイレナは、頭領マルグルンのところへ先導されていった。
マルグルンは、人ひとり大の字になって寝てもまだ余裕がありそうな巨大な樹の切り株をテーブルにして、獣の肉や森の恵みを盛り合わせた食事に舌鼓を打っている。
ファイレナがやってきたのを見ると、椀に満たされた酒を煽りながら、空いた椅子代わりの樽を目で指し示した。
ファイレナが席に着くや、樽のような体格に巨大な乳房を持ったオークの女が、木の実を山盛りにした皿と、マルグルンが飲んでいたものと同じ酒で満たした椀を目の前に置いた。
酒は薄く濁った茶色で、何が原材料なのか判然としない。鼻を近づけると、履き倒した靴下を汚水でじっくり煮込んだような匂いがして、腹の底から何かがこみ上げてくる気がした。絶対に口にはするまい。
「改めて、久方ぶりだな。お頭」
マルグルンはお代わりの注がれた椀を掲げた。ファイレナも同じように椀を掲げた。あくまで乾杯の挨拶だ。再び椀を空にするマルグルンとは対照的に、ファイレナはまったく口をつけることなく、テーブルに戻した。
「そのお頭というのはやめろ。私はもう、おまえたちの頭じゃない」
「立場としてはお頭じゃないかもしれんが、ずっとお頭と呼んできた。今更、他の呼称など気持ち悪くてできん。……まぁ、あだ名みたいなもんだと思って諦めてくれ」
マルグルンは脇に控える酒注ぎ役に椀を差し出す。
「こんなところで再会するとは思わなかったよ、マルグルン。ずいぶん流れて来たんだな」
「寒かったからな。あそこの冬は地獄だった。その点、この辺りは気候も穏やかで過ごしやすい。虫は鬱陶しいが」
ファイレナは目の前に置かれた皿に視線をやった。この森で採れた何種類もの木の実の盛り合わせは、かつて自らが指揮した異種族混合の亜人団を思い出させた。
「……賢者サリフィンに敗北した私を恨んでいるのか?」
ファイレナが鋭い目をマルグルンに向ける。マルグルンは鼻を鳴らして笑った。
「そういうわけじゃない。お頭には感謝している。あれだけ大勢の氏族が、種族を問わずに集まって動いたことはかつてなかった。楽しい時間だった」
「じゃあ、なぜ、私を捕らえた。おまえが今でもお頭と呼ぶ感謝の対象だぞ」
マルグルンは新しく注がれた酒を半分ほど飲んで、テーブルにおいた。酒気を帯びた息を吐き、分厚い筋肉の上に脂肪がついたでっぷりとした腹を撫で回す。
「恨んじゃいないが、納得はしていない」
「納得?」
「そうだ。クランの連合があのエルフの魔術師に解体されたあと、お頭はあろうことか、そのエルフに付き従った」
「それは、おまえたちを生かすための条件だったからだ」
「仕方なくってことか? オレたちはお頭が思っているほど馬鹿じゃない。あんたが握っている杖、あれが、かのエルフが持っていたものだとわからんとでも?」
ファイレナは言葉に詰まった。
彼等亜人を生かすための条件だったことも本当ならば、サリフィンに杖を託されたのもまた事実。そして、マルグルンはその杖の存在に矛盾を感じているのだ。
「あんたは幸せだったんだ。あのエルフに連れられてな。もともと、エルフの血を引いている。無理からんことだ。一方、オレたちはどうだろう」
マルグルンが両手を広げた。
「あんたがいなくなってクラン同士の争いに逆戻りだ。多くの者たちが死んだ。オレたちも、ゴブリンも、コボルドも。そして、みんな散り散りになった」
「そうだったんだな……」
「知らなかったろう。いや、知ろうともしなかったろう。あんたは自分が幸せで、残されたオレたちのことなんてどうでもよかったんだ」
ファイレナはじっとマルグルンを見据えている。マルグルンもその視線の圧力に応えている。
「否定はしない。……それで、それが私たちを捕えて明日か明後日の晩飯にする理由か?」
「あんたがオレたちのお頭だったのは過去のことだ。今はクランの縄張りに迷い込んだ人間どもの一団に過ぎん。だから、そいつらにするようにする」
ファイレナは皿に盛られた松ぼっくりのような木の実を摘まみ上げた。
「なるほど。で、せめて昔のよしみで最後くらい話はしようってことか」
マルグルンは大きな醜い頭を一度上下に振った。
ファイレナは嘆息する。
「かつての同志の顔だったからと期待した私が馬鹿だった。おまえたち亜人は、いかに言葉を交わすことができようと、我々人類種とは根本的に違うんだ。常識も道徳もな。それが亜人と呼ばれ、線引きされる所以だ」
マルグルンは耳障りな声で低く笑い、ファイレナの手にある木の実を見た。
「食わんのか? 昔から木の実が好きだったろう」
ファイレナが皿にぞんざいに木の実を戻す。
「人類種が美味しく食べられる種類の木の実じゃないんだよ、バカタレ」
「なら、夕食は終わりだ。シチューにされるのを檻の中で待ってろ」
ファイレナはオークたちに引っ立てられて、ドゥルエラの監視の元で、檻へ戻された。




