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ep.39 魔王

「ゴブリンたちも無暗に人類種(ヒューマノイド)を襲うわけではないんですねぇ」


 シオが知見を得たとばかりに相槌を打つ。


「そこのクランにはライバルのクランがいて、しょっちゅうぶつかってた。私は弓と簡単な魔法、あとは知恵を使って仲間のクランを勝たせたんだ」


 空に出ている月に、流れる雲がゆっくりと被さった。


「そこからだ。私は他のゴブリンのクラン、そして、それ以外の亜人のクランと闘争を繰り返し、制圧したクランを飲み込んで、一帯のクランを統一したんだよ」


 ファイレナは視線を篝火(かがりび)の近くで奇妙に踊るオークに移して、(あご)をしゃくった。

 察したシオが言葉を挟む。


「なるほどー。で、あのマルグルンっていうのは、ファイレナさんたちに合流したオークのひとりだったんですね」

「しかし、ファイレナさんはサリフィン様のお弟子さんでしょう?」


 アーダンが首を傾げる。


「そうだよ。私の率いる亜人種(デミ・ヒューマン)の連合クランが巨大になりすぎて、近隣の人間の町が恐れたんだ。そして、何度か人間の討伐隊と衝突した。でも、誓って言うけど、私たちから町を襲ったことは一度もなかった。ただね、向こうが仕掛けてくるならやっぱりやるしかない。私はクランを守るために人間たちを追い払った」

「あのでっかいオークにお頭って呼ばれてましたけど、本当にお頭だったんですね……」

「そうして何度も追い払っていると、ついにジェイドウッドの森の賢者サリフィンが現れたんだ。私はとうとう師匠の率いた討伐隊に制圧された。亜人とはいえ、共に過ごして共に戦った仲だ。私はやつらを見逃してやってくれと師匠に頼んだ。師匠は私が弟子になるなら考えると言った。そうして私は賢者サリフィンの弟子になったんだ」


 シオもアーダンもしばらく言葉を失っていた。想像以上の話が飛び出したのだ。グリオハンの寝息だけが聞こえる。

 ふたりが何も言えずにいるうちに、ドゥルエラが再び檻へやってきた。お連れのふたりの従者も一緒だ。片方がファイレナの檻の鍵を開けた。


「頭領が呼んでるよ。あんただけね」


 ファイレナに外に出ろと手をこまねく。


「ただし、妙な気を起こすんじゃないよ。あたしゃ(そば)で目を光らせてるからね」


 ドゥルエラは不気味に笑いながら、ファイレナが檻から這い出るのを見守っている。

 ファイレナはシオとアーダンに目配せをしたあとに、三人に連れられてオークの輪の中へ向かって行った。


 シオが檻の格子に頬をくっつけながら、空になった檻の更に向こうのアーダンに声をかける。


「すごい過去でしたね。ファイレナさん。亜人団を率いてたなんて」

「相当気の強い女性だと思ってましたが、その過去を聞けば納得ですね」

「でも、あの魔法の数々はほとんどサリフィン様のお弟子さんになってから身に着けたものじゃないんですかね? それなのに、あんな凶悪そうなオークたちを従えてたなんて、まさかファイレナさん、他にとんでもない能力を隠し持ってるんじゃ……」

「いえいえ、彼女の類まれなる能力なら我々はすでに目の当たりにしているじゃありませんか」

「え? そうですっけ?」


 アーダンは寝息をかいているグリオハンへ視線をやった。


「人間化したとはいえ、常識の通じない尊大無比なドラゴンを、言葉巧みにここまで連れ歩くなんて並のことじゃありません。ドラゴンに比べたらゴブリンやオークを手懐(てなず)けることなど造作(ぞうさ)もないでしょう。その人心掌握の術こそが彼女の何よりの才能です」

「た、たしかに……」

「わかっていますか、シオさん? ファイレナさんは、実はとんでもない人なんですよ」


 アーダンは周囲をウロつく石斧を持ったオークにちらりと目をやる。


「……今でこそ、不可思議な知的生物博愛主義に毒されて、ゴブリンやオークの一般的な呼称が亜人種などというものになりましたけどね。一昔前までは、彼等は魔族と呼ばれていたのですよ」

「魔族、ですか?」

「ええ。彼等の知恵は悪魔から授かったものだと、長い間信じられていましたから」


 アーダンがほう、と溜息をつく。


「魔族を率いる者をなんと呼ぶかわかりますか?」

「は、はい?」

「魔王ですよ」

「ま、魔王……」

「はい。そう呼ばずして、なんと呼びましょうや」


 シオはポカンと口を開けて、ファイレナの去った方へ目をやった。


「ファイレナさん。元魔王……」

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