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ep.38 はぐれ者

「何がしばらくくつろぐがいい、ですか。こんな檻いつでも出られるってんですよ」


 盗賊のシオがさっそく、檻の出入り口にかかった錠前に手を伸ばした。


「やめろ、シオ」


 それを言葉で制したのは、隣の檻にいるファイレナである。


「闇雲に檻から出てもピンチになるだけだ。いつでも出られるなら、一番いい機会を見極めろ」

「いや、でも……」

「ひとりだけなら、こっそりとクランから逃げ出せると思ってるんだろ? おまえが逃げ出したら、私が大声を上げるからな。ひとりで逃げられると思うなよ、チビ」

「ひ、ひどいですね! ファイレナさん!」


 シオは(おのの)きながら後方へ下がった。


「よし、アーダン。早速、おまえにその機会を作ってもらうぞ」


 ファイレナのもう一方の隣にはアーダンがいた。


「私?」

「そうだよ。おまえ、大量にゾンビを召喚できるだろ。あれをやってクランをまず混乱に(おとしい)れるんだよ」


 アーダンは少々馬鹿にするような苦笑を浮かべた。ファイレナはあからさまにムッと顔をしかめる。


「なんだよ、その顔。気に入らないな」

「わかっておられないようですから言っておきますが、私はどこでも簡単にアンデッドを召喚できるわけではないんですよ」

「はぁ? 寺院ではめちゃくちゃ召喚してたじゃないか」

「あれは、あそこが元々墓地のあった土地だからです」

「は? ちょっと待てって、おまえ……まさか、いつでもアンデッドを生み出せるように、墓地を潰してその上に寺院を建ててたわけ?」

「だから、そう申しているでしょう」


 ファイレナは絶句した。


「おまえ、本当にリッチになったときに人間の道徳を捨てたんだな。このドクズめ」

「断っておきますが、彼等の魂はすでに祈りによって浄化されています。私が使っているのは、この世に残された抜け殻たる()ちた体だけですからね。魂までも冒涜しているような言い方はやめていただきたいですね」

「マジで犯罪者の理論だよ」

「ともかく、死人なくしてアンデッドなし。そういうことです」


 アーダンは決然とした言い方で締めくくった。


「なんだよ……脱出できる機会が作れないなら、結局、待つしかないか……」


 ファイレナは苛立ちを発散するように格子を蹴った。


「どうせ時間があるなら、今度は私から少しお話よろしいですか? ファイレナさん」


 今度はアーダンの方から話を振ってきた。


「なんだよ」

「何がなんだかわからないんですよ。ファイレナさんはあのオークの親分と旧知のようでいて、親しい感じもありましたのに、結果、こうやって我々は捕らえられている」


 シオも興味深そうに耳をそばだて始めた。


「その話か」


 ファイレナが嘆息(たんそく)する。


「……旧知というのは事実だ」


 短くそう答えた。だが、その奥にはもっと多くの語るべき事があった。アーダンほどの機微(きび)を察する者ならば、そんなことは容易に想像がつく。

 ファイレナに向けられたアーダンの目は、それを吐露するまで離れない。

 しばらく無言を貫いたファイレナも観念した。どのみち、しばらく檻の中でやることもない。深い溜息を吐く。


「昔の話さ。私はそこのオークのマルグルンや他のゴブリンのクラン、コボルドのクラン、いわゆる亜人種(デミ・ヒューマン)たちのクランをまとめ上げてたんだ」

「ええええっ⁉」


 大声を上げたのはシオだ。程離れたところのオークが何事かと振り向くのを見て、シオは慌てて口を両手で押さえる。


「ちょっと、ファイレナさん! 亜人たちを率いてたんですか⁉」


 シオがこそこそと問いかける。シオの隣からはグリオハンの寝息が聞こえている。


「別に町を襲ってたわけじゃないからな。ただの成り行きだよ」

「いやいや、成り行きで果たしてそんなことになりますかね?」


 アーダンも不思議そうに眉を下げる。

 ファイレナはしばらく考えたあとに、再び口を開いた。


「私は混じり子だから、人間の社会にもエルフの集落にも馴染(なじ)めなかったんだ。町では好奇の目に(さら)され、森ではいない者のように扱われる。私はいつの間にか、町からも森からも遠ざかった」


 ファイレナが檻の隙間から見える狭い空へ目をやった。


「はぐれ者になった私は、奇妙なことにたまたま出会ったゴブリンの小さなクランとしばらく共に過ごした」


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