ep.37 オークのクラン
「ファ、ファイレナさん?」
シオが不思議そうにファイレナを見上げる。
オークの頭領はというと、突然呼ばれたことで眉間に深い皺を刻み、前のめりでまじまじとファイレナを見定めた。
「……お、お頭?」
オークの頭領がダミ声で言葉を返す。獅子が酒焼けしたらこんな声だろう。
「やっぱり! マルグルンか!」
ファイレナが声を上げると、オークの頭領は、片手を挙げて、弓を番えるオークに制止をかけた。
「おお、なんと懐かしい」
マルグルンと呼ばれたオークは、今にも振り上げんとしていた戦槌を下げた。
「え? なんですか、なんですか? ちょっと、わけがわかんないんですけど!」
シオがせわしなく首を振り、アーダンに意見を求めた。
「いや、私にも何がなんだか……」
「あいつは昔の顔馴染みなんだよ」
答えるファイレナに、アーダンが怪訝そうな目を向けた。
「オークの一団と顔馴染み? 一体どういうことです?」
「話せば長くなる」
ファイレナは素っ気なくあしらい、再びマルグルンに顔を向けた。
「そこの網にかかってるやつを解放してやってくれないか? これでも一応は私の仲間なんだ」
グリオハンは暴れても無駄と悟ったところで、網の中で大人しく成り行きに身を任せていた。
オークたちは頭領マルグルンの判断を待っている。マルグルンはグリオハンを一瞥したあとに、仲間たちを見渡し、ファイレナたちに顎をしゃくった。
「そのエルフたちを捕えろ」
オークたちは一斉に雄叫びを上げて、武器を振り上げてファイレナたちに殺到した。
「おい! マルグルン! おまえっ!」
ファイレナはもちろんのこと、ファイレナと顔見知りだったという事実に、シオもアーダンも油断していた。まさか、一斉に飛びかかられるとは思わず、三人はあっという間に組み伏せられた。
オークたちがそれぞれの腕を掴んで地面に押さえつける。
土を頬につけながら、ファイレナが怒りのこもった目をマルグルンに向ける。
「すまんな。お頭。もう、昔とは違う」
「お仲間ではなかったのですか⁉ ファイレナさんっ!」
縄をかけられながら、アーダンが叫ぶ。
「そんなことより、おまえは霧になるかなんかして切り抜けろよ! ボケナス!」
「何をおっしゃいます! 余計なことをして刺激をすれば、命を奪われるのはあなたたちなんですよ! 冷静になってください!」
アーダンの言葉にはさすがのファイレナも舌打ち以外を返せなかった。
「少なくとも今は生け捕りにするようです。確実なチャンスを待ちましょう」
こうして四人はオークの集団に捕まり、森の深部にある、集落へと引っ張られていった。
◇◆◇◆◇◆◇
状況が好転しない限りは、四人の寝床は檻の中である。人間社会のどこかから手に入れたものであろう、獣を捕えておくための錆の浮いた鉄製の檻だ。膝を抱えて座るか、丸まって寝転ぶくらいしか許されないほどの広さで、同じ姿勢を取り続けることで固まった手足を延ばすには、ある程度の工夫が必要だった。
ひとつの檻にひとり。それが四つ並べられている。ファイレナとアーダンは大人しく膝を抱えて座っている。
シオは他の面々よりも一回り小さな檻の中で丸まって寝転んでいる。
残るグリオハンは、怪力に任せて鉄格子を捻じ曲げ、両手両足を檻の外に出せるようにしてから、大の字になって仰向けに寝ていた。
ファイレナの檻に、ねじくれた長い杖を握るゴブリンの老女がやってきた。
格子を隔てて、いやらしい笑みを浮かべながらファイレナを舐めるように見る。
「久しぶりにヒトのシチューが食えるわい。それまでしばらくくつろぐがええ。ケヘヘッ」
老女は鳥の羽根や獣の皮と骨を組み合わせて作った、人間ならまず身に着けない独特の衣装に身を包んでいる。
左右にはボロ切れを巻いたような服装のゴブリンが付き従っている。ふたりが老女の息子なのか弟子なのかは判然としなかった。
「ゴブリンシャーマンか」
ファイレナが言葉を吐き捨てる。
檻に捕らわれたファイレナは今、得意の魔法が使えずにいた。それもこれも、檻に特別な呪術が施されているからだが、魔法などとは無縁のオークのクランに、なぜこんなことができるのかという疑問がそれで解決した。
「あたしゃ、ドゥルエラというよ。呼ぶならそう呼びな」
ファイレナはまるで獣にでもなったような気分だった。檻に入れられ、外から醜いゴブリンシャーマンのドゥルエラに好奇の目を向けられる。
ドゥルエラは黄ばんだ歯をむき出しにして、ニマニマ笑いながらしばらく四人を観察したあと、曲がった背中を揺らしながら去って行った。




