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ep.35 謎多きギルドマスター

 グリオハンがシオを指差した。


「今の話とその布っきれの繋がりがわからんのだが」


 すると、シオがスカーフをずり下げ、首元を(さら)した。そこには複雑な魔術の(もん)が刻まれている。ファイレナはそれを一目で見抜く。


「《刻印(マーキング)》だな」

「はい。ギルドに加入するときに必ずこれを刻まれるのです。いつ、どこにいても、居場所を把握できるように」

「盗賊ギルドで魔法の刻印をされるなんて初めて知ったよ」

「〈影の道(シャドウ・パス)〉は盗賊ギルドの中でも珍しい、ギルドマスターが魔術師の組織なんです」

「盗賊ギルドの長が魔術師?」


 ファイレナが目を丸く開く。だが、すぐに考え込むように目を伏せた。


「……いや、待てよ。そういえば、以前に師匠が、魔術師の中に犯罪組織を指揮するようなやつがいるって言ってたことがあったぞ……」


 アーダンが(あご)(さす)る。


「もしかすると、サリフィン様は〈影の道〉のことをおっしゃっていたのかもしれませんね。……しかし、盗賊ギルドを束ねる魔術師なんて、どんな方なんでしょう」

「〈見えざる(インヴィジブル・)(タッチ)〉と呼ばれる誰も見たことのないマスターです。私が知る限り、実際に会ったことがあるメンバーもいませんでした」

「誰も? 本当に実在するわけ?」

「組織を抜けると決意したときに、私もそれを疑いました。本当はいないんじゃないかって。だから、組織を抜ける勇気を持てたんです。今思えば蛮勇でしたけどね」


 シオは再びスカーフで刻印を隠した。


「マスター秘蔵と言われるこの夢渡りのスカーフを盗み出しました。これは魔法の干渉を完全に断つ魔法の品なんです。刻印による追跡を逃れるにはこれしかありません」

「私の目にただのスカーフに見えるのはそのためか」


 ファイレナはまじまじとスカーフを見た。


「はい。決して魔力を探知できない。そんな不思議な布なんです」

「しかし、その刻印で探知されるというのによく盗み出せたものだ」


 グリオハンは珍しく感心するような目をシオに向けている。


「そういや、おまえはアーダンの寺院でも秘蔵の短剣を盗み出したもんな」


 ファイレナが言うとアーダンは顔をしかめた。


「おかげで私はあなたたちとここにいます。思い出したくない思い出ですねぇ」

「幸運もあったんです。秘蔵の宝物庫にはマスターは誰も入れません。ですから、中には人がいないんです。いるとすれば、それがマスターです」

「会ったんですか?」


 アーダンが身を乗り出す。シオは恐怖話でもするかのように静かにうなずいた。


「……はい」

「で、どんなやつだったんだ?」


 ファイレナを筆頭に、皆が固唾(かたず)を飲んでその続きを待つ。


「魔力の体を持った魔法生物だったんです」

「ま、魔法生物がギルドマスタ―?」


 ファイレナが唖然としている。

 シオは話を続けた。


「宝物庫に忍び込み、マスターの正体も知った。私は魔法で(ちり)のように粉砕されるところでした。ですが、間一髪、このスカーフを(かす)め取り、マスターからは認識できない存在になった。そして……逃げ出しました」

「マスターの正体を知り、秘蔵の品を盗み出し、消息を絶ってる」


 ファイレナが改めて手配書に目を落とす。シオの首にかかった賞金が、目玉が飛び出るほどの額になっているのはそのためだ。


「たしかに、ギルドマスターにとっては、絶対に野放しにしてはいけない存在ですね」


 アーダンも同意するようにうなずく。


「だったら、昔お世話になった人がうちの師匠に救われたって話もでっちあげか?」


 ファイレナが鋭い視線を向けると、シオはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。


「あらかた、ギルドマスターが魔術師だから、サリフィン様に守ってもらおうというような考えでしょう」


 アーダンがファイレナに視線をやる。図星だろうシオは無言だ。


「ふざけんな! ゴミカス! 師匠を危険なことに巻き込もうとするんじゃないよ!」


 ファイレナが拳を振り上げ、アーダンがそれを後ろから取り押さえた。


「まぁまぁ、すでに我々は危険なことに巻き込まれております。まず考えるべきはますます困難になっていく状況の中で、いかにサリフィン様の復活までこぎつけるかでしょう」

「だが、チビの目論見(もくろみ)は実現せんぞ。あのエルフは我が丸飲みにしてやるのだからな」


 他の三人と違いグリオハンにとってサリフィンは、魔法を解くために必要なだけだ。元に戻りさえすればただの憎い存在でしかない。

 シオは曖昧にグリオハンに笑ったあとに、そっとファイレナに顔を寄せて耳打ちする。


「グリオさんはどこかで消えてもらわないと困りますね」

「おまえも消えろ! ボケ!」


 ファイレナはシオの顔を突っぱねた。


「とは言えだ。おまえらに協力してもらわないと、蘇生の秘術を手にするのが困難なのも事実だからな。全員邪魔だけど、今のところ私情は抑える」

「そんなものはお互い様だろう」


 グリオハンが(にら)みを利かせる。ファイレナとグリオハン。最初に旅を始めたふたりがしばらくの間、睨み合った。間に入ったのはアーダンである。


「今まさに協力が必要とファイレナさんがおっしゃったところでしょう。いがみ合っても仕方ありません。まずは先に進みませんか? 追っ手があるかもわかりませんし」

「そうですよ。馬車もなくなりましたし、グレイミュートの森を突っ切るんでしょ?」


 シオも間に入る。ファイレナは冷静を取り戻した。


「そうだな。さっさと行こう。面倒なことは師匠が復活した後に解決すればいい」


 最後にはそっけなくファイレナが歩き出した。それにアーダンとシオが並んで続き、グリオハンは最後尾でゆっくりとついて歩き出した。

 気を失った盗賊のことなどすっかり忘れたまま、四人がグレイミュートの深き森へと入っていく。


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