ep.33 夜襲
影は風下より蛇が這うように無音で近づき、鋭く研がれた刃を抜いた。影が狙ったのはシオの首だった。
刃の切っ先がシオの首元を狙う。
グリオハンはまったく気が付いていなかった。それもそのはず。グリオハンは胡坐を組み、その上で頬杖をつきながらうたた寝をしていたのである。
刃がシオに落ちた。瞬間、シオの両目がパっと開き、危機一髪、地面を転がって刃を回避した。影が舌打ちする。
その物音にようやくグリオハンが気付いて、目を開けて戦斧を握った。戦斧が地面に擦れる音で、ファイレナとアーダンも目を覚ます。
すでに刺客とシオの二度目の激突があった。手元に置いてあった短剣を握り、シオが刺客の心臓を狙う。刺客はその手を払いのけ、同時に踊るように回転してシオの背後へ回った。いつもシオが身に着けているスカーフを掴んで捩じり上げる。
首が締まって思わずシオが掠れた苦悶の声を上げる。
「ス、スカーフに、触……れる……なっ……」
「何者だ!」
ファイレナが灯り代わりの光球の魔法を打った。頭上にふわりと浮かぶ、薄ぼんやりとした光の玉が刺客の姿を夜闇に焼き付けた。
日中に馬車を襲った盗賊団のリーダー格だ。男は、苦しむシオの顎下にナイフの先端を突きつけた。
「動くな。仲間が死ぬぞ」
「構わん」
グリオハンが戦斧を肩に担いで重たい一歩を踏み出した。
「馬鹿なんですか⁉ ちょっとは躊躇してくださいよ!」
シオが大慌てで声を上げる。ナイフの切っ先が顎に触れて血が滲んだ。
「殺す前に、何が目的か聞かせろ」
と、ファイレナ。
「殺される前提はやめてください!」
「殺したくはねぇな。生け捕りにしてぇからな」
「なんでシオを? 昼間の仕返しってわけじゃないのか?」
「はぁ? おまえたち仲間のくせにこいつの素性を知らないのか?」
男はシオの癖っ毛を掴んで引っ張りながら後退する。
「待て! 素性だと? どういうことなんだ?」
「シオさんは最悪どうなってもいいですが、事情は気になりますね」
アーダンがファイレナに耳打ちする。ファイレナもうなずく。
「知るか! そんなもの!」
グリオハンが獣のように飛び出した。
「おい! おまえら仲間だろ! イカれてやがんのか!」
「ハッタリだとわかった。生け捕りが目的ならば殺すまい」
戦斧を容赦なく振るう。分厚い刃がシオと盗賊を同時に薙ぎ払う。
男はたまらずシオを放り出して、飛び退った。自由になったシオが頭を下げる。
「ホント酷いです! グリオさん!」
その上をグリオハンの斧が通過した。
斧の一撃も回避した。男が安堵したのも束の間、今度はファイレナが杖を掲げた。
「《招雷》!」
ファイレナの声で天を一筋の雷が走り、男へ落ちた。これは逃げ切れない。
「ぎゃあっ!」
蛙の潰れたような声を上げて男が弾け飛ぶ。
「四対一ではさすがに分が悪いっ」
男がしびれる体を起こそうとすると、その首根っこをアーダンが掴んだ。
男の目は焦りに駆られている。
「安心してください。たぶん、私が一番慈悲深いですよ」
アーダンが男の気力を吸い取った。
瞬く間に気を絶した男の体が、茹ですぎの葉物野菜のようにだらりと垂れて地面に伏した。
事態が収拾すると、さっそくファイレナがグリオハンに突っかかっていく。
「おい! おまえ! 見張りはどうしたんだよ! このクソドラゴン!」
魔術杖で遠慮なくグリオハンの厚い胸板に穴を開けるように捩じりながら突いている。
「退屈なので寝ていた」
「見張りの意味ないだろ! クソボケ! 二度とやるなよ!」
グリオハンは耳障りだと言わんばかりに、小指を耳に突っ込んで掻いている。
呆れた様子でアーダンが視線を変えると、シオが気絶した盗賊の持ち物を物色している。
「あ、こらこら、いくら刺客とはいえ、持ち物を勝手に漁るのは行儀が悪いですよ」
アーダンの言葉にも構うことなく、シオは盗賊の懐から折り畳んだ紙を引っ張り出した。
「紙? ですか?」
アーダンが横から覗く。シオはそれをはらりと開いたあと、そこに書かれたものを見るなり、慌てた様子で再び折り畳み直して自分の懐へ捩じ込もうとした。
「ちょっと! シオさん! 今のは!」
そのシオの手をアーダンが素早く掴んだ。
「な、なんでもありませんよ!」
「なんでもないなら、見てもかまわんな」
シオの頭上からグリオハンの大きな手が降りてきて、ひょいと取り上げた。
「グ、グリオさん!」
グリオハンが紙を開く。ファイレナが横から紙面を覗き見て、素っ頓狂な声を上げた。
「えええっ! こ、これ! シオじゃないのか⁉」
それは手配書だった。そして、そこに書かれていたのは癖っ毛の幼い顔立ちという、うまく特徴を捉えたシオの似顔絵だった。
だが、真に驚くべきは共に書いてある賞金の額だった。
「一、十、百、千……え? おいおいおいおい、一体、いくらなんだよ」
生け捕りが条件だが、シオに懸けられた賞金は、向こう数年なら遊んで暮らせる金額なのだ。
「これまで、旅先でお尋ね者の手配書を見てきたけど、前代未聞の金額だぞ」




