ep.29 深層に眠る秘宝
「〈深層〉?」
グリオハンが繰り返した。
「ああ。グリオさんのような方は存在をそもそも知りませんか」
わかっていないことを悟ったアーダンが視線を向けた。
「〈深層〉というのは、大地の下の深い場所に存在する地下世界のことですよ」
「地下? 蟻の巣のようなものか?」
「巨大なドラゴンだったグリオさんにとっては、まさにそんな感じかもしれません」
横からファイレナが口を挟んだ。
「〈深層〉には地底種族ノームの集落や、地上では暮らしていけない闇の住人たちの巣もある。たしかに何かが眠っている可能性は高いけど、なんだかよくある話じゃないのか」
結局は出来の悪い作り話なのではないか。ファイレナの目がそう疑っている。
「私も最初はそう思っていましたとも。ただ、その〈深層〉への入り口が特定されたのなら話は別ではございませんか?」
シオがパッと顔を上げた。
「つまり、無数にあるエルドリサールの〈深層〉のうちのどれかがもうわかってるってことですか?」
アーダンはしかとうなずいた。
「して、その場所とは?」
グリオハンが問う。
「ガリンドア山地の麓。そこに空いた洞窟より入れると聞きました」
「ガリンドア山地。ここからだと北西になりますかね」
シオが部屋の隅を指差した。どうやらそちらの方角が北西らしい。
「アーダン。おまえはどうしてそれを知ったんだ?」
ファイレナの素朴な疑問だ。話の出所の正確性は知っておきたい。
「その頃は私も神官でしたし、祝福を得るために寺院……今の寺院ではないですよ? ルガンの寺院です。その寺院に訪れる冒険者たちによく旅のお話を聞かせてもらっていたんです」
「不死になる方法を知るためか」
グリオハンが鋭い目を向ける。アーダンは言葉での肯定の代わりに肩をすくめた。
「話を聞かせてくれたのは、ベテランの冒険者パーティでした。いいお酒を勧めると皆、饒舌になる。彼等も例外ではありませんでした。そして、ポロリと漏らしたのですよ。蘇生の秘宝を狙っていることを」
「うまく聞き出したんですね! ファイレナさんなら魔法でズルしてるところです!」
シオの頭にファイレナの拳骨が落ちた。
「秘宝に目がない私は、是非、本物を見せて欲しいとお願いしていたんです。ですが、その約束は果たされなかったのです」
「……なるほど。帰って来なかったんだな」
ファイレナの言葉にアーダンは首を縦に振る。
「果たしてそれは魂を呼び戻す香炉だったのか、はたまた不死鳥の卵だったのか、あるいは失われた古代魔術の禁書だったのか。真相は今となっては闇の中です」
「ただ、今もそこにある可能性は高い、か」
アーダンは首肯する。
「ただ、ベテラン冒険者ですら命を落とした〈深層〉です。それ相応の覚悟が必要かと」
「いいじゃないか。蘇生の秘宝。信憑性が増してきたぞ」
ファイレナは満足そうにうなずいた。
「道中、面倒なことはありそうか?」
グリオハンが問う。
アーダンは問題ないとばかりに片手を振る。
「途中にグレイミュートの森と呼ばれる大きな森があるんですが、そこを迂回するためにぐるっと遠回りするのが面倒だな、くらいのものです」
「ならばさっさと向かうべきだな。もう、この場所に留まる必要もないのだから」
グリオハンはテーブルを離れ、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
その様子を目で追っていたファイレナが呆れたような溜息を吐く。
「しばらくの間にずいぶん人間らしくなったな、クソドラゴン」
食べてすぐに布団の上に寝っ転がる。まさに怠惰な人間そのものだ。
「人間に変わってしまったことはもう受け入れざるを得ん。ならば、少しでも人間というものに馴染んでおいた方がよかろう」
ファイレナは少しばかり眉を上げた。傲慢でプライドの高いドラゴンだが、ずいぶん柔軟である。
グリオハンは安宿では味わえない体の沈むフカフカのベッドの上で、気持ちよさそうにまどろみ始めている。
ファイレナはテーブルに頬杖をついてその様子を眺めている。
「なぁ、クソドラゴン」
「なんだ?」
「もし、人間でいることも悪くないと思ったなら、ドラゴンに戻らずに人間のままでいてもいいんだぞ?」
シオが、アーダンが、グリオハンの方へ目を向ける。唯我独尊の暴竜の答えには誰もが興味を示した。
「ふん。笑わせる。人間の何を気に入るものか」
その即答には、いささかの迷いも感じられなかった。




