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ep.25 不死殺し

「シ、シオ! おまえ、何やってんだよ!」


 口元を押さえながらくぐもった声でファイレナが叫んだ。

 シオの目が天窓から照らされた霧状の人影を見た。


「あ、あれは?」

「アーダンだよ! あいつはリッチだったんだ! 不死王だ!」

「もうひとり、お仲間がいたんですね」


 霧の中で瞳が光る


「しかも、信じがたいことですが、なぜ、私の所有物を身に着けているのです?」


 霧が触手のようにシオへも伸びていく。

 迫る危機に、シオは電撃に打たれたように身震いすると、腰に差した短剣を抜き、目を見張るような正確さで、霧状のアーダンの喉元に投げつけた。

 霧に対しての物理攻撃。本来ならば無意味と思える攻撃。だが、短剣はその喉元にぶつかった瞬間、空中で静止した。ちょうど、突き刺さるように。


「アアアアアアアッ!」


 苦悶の絶叫が霧状のアーダンから発せられた。

 ファイレナやグリオハンを包んでいた霧が文字通り霧散する。シオへ向かっていた霧も消え失せた。

 ファイレナが咳き込みながらへたり込む。


「うぐ、げほっ、げほっ! い、一体何が起こったんだ?」


 霧状のアーダンはというと、胡乱(うろん)な輪郭の腕で、もがくように短剣を掴み、乱暴に投げ捨てた。そして、霧状から砂状に変化して床に落ち、今度はスライムめいた泥状になって床を這いずった。

 泥状からゆるやかに人型へ戻りつつあるアーダンが短剣に手を伸ばす。しかし、それより先にシオが短剣を(かす)め取った。


「この短剣です!」


 それは黒皮の柄とくすんだ金属の護拳がついた短剣だ。


「宝物庫の奥に大事そうにしまってあったんですよ。他の金銀財宝に比べて金銭的価値もなさそうな短剣だったので、意味があると思ったんです。なるほど、こういうことですか」


 シオは短剣をくるりと手の中で回し、刃の方を持ってファイレナへ差し出した。

 ファイレナが短剣を握る。その刃の中に(みなぎ)る強力な魔力の奔流(ほんりゅう)が手の平に伝わった。


「……魂砕きの刃」

「さすがはファイレナさん! ご明察(めいさつ)!」


 ようやく人型に戻ったアーダンが蛇のような目でファイレナたちを睨みつけた。


「それを返しなさい!」


 そこにグリオハンの戦斧が落ちた。轟音と共にアーダンの首が分断され、ファイレナの足元まで転がった。


「まったく。見事にやってくれたな!」


 苦しめられることがすでに恥辱。グリオハンが顔を真っ赤にしている。


「死なずの亡者や定命(じょうみょう)ならざる者を唯一殺せる武器だ。こいつで貫けば、おまえの仮初(かりそめ)の生は砕かれ、輪廻(りんね)の輪にも(かえ)れない完全な消滅を迎える」


 ファイレナが足元のアーダンの首を見下ろす。


「返せ!」

「おっと! 生殺与奪(せいさつよだつ)はこちらにある。大人しくしておいたほうが身のためだぞ」


 ファイレナは短剣をアーダンの眉間に突きつけた。


「ぐぬぬぬ……」


 アーダンはまさに苦汁を飲んだようなしかめっ面を浮かべると、最後には観念して瞑目(めいもく)した。


「わかりました。どうか……命だけはお助けください」

「不死者が命乞いとは不思議な光景だな」


 グリオハンは戦斧を背中に差し、アーダンの首を見下ろした。

 アーダンの顔からは、すでに戦意はうかがえない。ファイレナは反撃の意思なしと判断すると、ようやく短剣を引いた。


「町の著名な大神官がよもやリッチとはね。おまえ、一体、この町で何をしようとしてるんだ?」


 アーダンの体の方が頭の方へと這いずっていき、両手で頭を持ち上げると、首にくっつけた。一仕事終えたかのように、ふぅと溜息を吐く。


「別に何も企んでなどございませんよ。この世にいる不死王がすべて悪人だという思い込みは捨てていただきたいものですね」

「あんまり、苛つくようなことを言うと、こうだぞ」


 ファイレナは短剣をチラつかせながら、立てた親指で首をかき切る仕草を見せた。

 身震いしたアーダンは、ふらふらと力ない足取りで、始めにくつろいでいたソファの元へ戻り、腰をかけた。

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