ep.23 リッチ
焼ける黒い沼からグリオハンが転がり出た。
「ぬうぅ。この我が半エルフなぞの助けを借りるとは……!」
グリオハンが歯噛みする。
「すまないな。一緒に燃やす以外に思いつかなかった」
「構わん。炎など我には効かぬ」
ファイレナは一瞬、目が点になった。
「……なんだって? まさか、ドラゴンの体質が残っているのか?」
グリオハンはファイレナに返事も返さず、すぐさまアーダンへ飛びかかり、力を乗せた横薙ぎをアーダンの体に叩きつける。
炎を免れた亡者たちが一斉に立ち上がり、アーダンの前で腐った肉の壁を形成する。ゾンビが幾重にも重なった分厚い壁だ。だが、グリオハンの一撃は、その肉壁を易々と粉砕し、その奥に守られたアーダンすらも叩き切った。
アーダンの上半身が吹き飛び、壁に叩きつけられて、衝撃で首がもげて落ちた。
「オオオオオッ!」
グリオハンはダメ押しとばかりに、立ったまま残ったアーダンの下半身を縦に両断する。斧が床タイルを粉砕し、粉々に砕けたタイルの上に真っ二つの下半身が倒れ込んだ。
「どけ! クソ竜!」
グリオハンの攻撃の後ろで抜け目なく魔法を練り上げていたファイレナが、魔術杖を前方にかざした。
「《火炎弾連射》っ!」
流れ星を思わせる火の玉が、立て続けに真っ赤な尾を引いて飛び出した。ふたつになった下半身、そして上半身ともげた首。それぞれへ向かい、一際赤い光を上げる。
「やったか!」
手応えはある。
「いえ、残念ですが」
その声はファイレナの背後からした。はっと気付いたときにはすでに遅かった。
背後からアーダンの片手がファイレナを抱きすくめ、片手は首元に回され、顎を掴んだ。
「放せ! 汚らわしい!」
「ご安心を。私に乙女を辱める趣味はございません。賢者サリフィン様のお弟子さんとあれば尚更。せめて穢れのないまま死ぬがよろしい」
アーダンの足元、すなわち、ファイレナの足元が黒い沼と化した。死界の門だ。
「なるほど。おまえはこの沼を自由に行き来できるんだな?」
「自ら生み出した死界への門ですからね」
「それで、バラバラになった体がそれぞれの沼を通ってひとつに集まり、再び沼を通って私の背後に現れた、というわけか」
そうして、さきほどの火炎弾の連射を回避したのだ。
「ご明察。ですが、手遅れです。お師匠様でしたらどうされたでしょうね」
クククというアーダンの冷笑。
悔しさに歯噛みするファイレナだが、成す術なく項垂れた。
と、次の瞬間、ファイレナは思いっきり頭を上げる。アーダンの鼻っ柱に後頭部で頭突きを食らわせた。
「ぐっ……!」
不死者とはいえ、自我のある存在だ。人間のときと同じように痛みや苦しみくらいはあるだろう。
だが、怯んだのも束の間だ。
「所詮は悪あがきでしかありません!」
死界へ誘う沼がファイレナを引きずり込む。ファイレナは身をよじりながらなんとかその手からの脱出を試みる。
「おい! クソドラゴン! ぼーっと見てないでなんとかしろ!」
実際、グリオハンはその様子をずっと眺めていた。
「待て、死に損ない」
そして、おもむろに口を開く。
「おまえが不死者になった術は、他の人間にも通用するのか?」
「突然、何を? まさか、私を見て不死者になりたいとでも思いましたか?」
アーダンは沼にゆっくりと沈みながら可笑しそうに口端を上げた。
その笑みからは、おまえが不死者になっても所詮はゾンビかスケルトンだと嘲っている内心がありありと伝わってくる。
「違う。我ではない。忌々しいエルフの魔術師。サリフィンだ」
沈みゆくアーダンの動きが止まった。
「……ん? え? ……今、なんと?」
「おまえ! いきなり何を言い出す!」
ファイレナが怒号を上げる。しかし、グリオハンはお構いなしだ。
「我らは死したエルフの魔術師を蘇らせる術を探しているのだ。だからおまえに近づいた。それで問うている。お前のその術はサリフィンにも通用するのか?」
アーダンはしばらく言葉を失っていた。
「……いや、その前に、賢者サリフィン様が死んだというのは本当ですか?」
アーダンがファイレナを連れてゆっくりと沼から浮上を始める。
「あなた、お弟子さんなのでしょう? 本当ですか?」
「さぁな。おまえには関係のないことだ」
「あなたは今、私に命を握られているということを理解できておられないようだ」
アーダンがゆっくりと沼に沈んでいく。
「その半エルフなんぞに聞かずとも本当だ。考えてもみろ。もし、生きていたなら、本人がおまえのところへ来るだろう」
アーダンがゆっくりと沼から浮上する。
「たしかにおっしゃる通りです」
グリオハンは戦斧の刃を床に叩きつけて固定すると、両腕を組んだ。
「我はドラゴンだ。故あってあの忌まわしいエルフに人間の姿へ変えられた。この魔法を解けるのは本人のみ。故にエルフを蘇生したい」
「おぉいっ! 全部しゃべんな! このスカボンタンッ!」
「ふむ。何やら複雑な事情がおありのようですね。思いの外、興味深い話が飛び出しました」
アーダンが片方の眉を上げる。




