ep.22 蘇った神官
「そちらのハーフのお嬢さんの忠告を聞くべきでしたよ」
アーダンは涼しげに笑って、片腕を水平に上げた。すると、真っ白な床タイルの目地から、タールのようなどす黒い粘性の何かが噴き出した。それは糸をより合わせるように絡み合い、瞬く間に手の形へ変わってグリオハンの喉元を掴んだ。
「ぐっ! こ、これは!」
グリオハンが咄嗟にバトルアックスを振るい、その手を根本から断ち切った。
ベチャッと音を立てて泥のような不定形へ戻る。
そこへ染み出る粘液が寄り集まっていく。不定形だった粘液は徐々に具体的な形を得ていく。肩、胸、腹……やがて四肢を得ると、這いずりながらおもむろに立ち上がる。
それは腐乱した肉体を持つ魂なき亡者だった。
ファイレナが瞠目する。
「アンデッド! こいつ、ネクロマンサーか!」
ネクロマンサーは死と死者を操る死霊魔術の使い手だ。ファイレナの頭の中で、目の前の神官と、死から蘇生したという噂話が繋がった。
「こいつは死から蘇生したんじゃない! こいつ自身がアンデッドに変わったんだ!」
「……リッチ……。古くからそう呼ばれています」
アーダンは言葉を返す。
リッチ。ファイレナの額から汗が噴き出した。
こいつはヤバい。
「リッチ? ただの死に損ないだろう」
「バカ! ゾンビやスケルトンとはまったく別物だぞ!」
ファイレナが首を左右に振る。
「リッチは魔術師や高位の僧侶が、生前の力をそのままに特別な儀式で不死を獲得した存在だ。仮初の生による無限の時間で、いくらでも強くなれる最高位の不死者。あるいは不死王。骸が動いてるだけの存在とはわけが違う」
いみじくもファイレナの言動を裏付けるように、とめどなく溢れてくる床からのドス黒い流体物が、次々にゾンビと化していき、部屋を埋め尽くしていく。
ファイレナが頬を伝う汗を拭った。もし、賢者サリフィンならどう対処した?
「ふん。だが、所詮は元人間。いかに不死になろうとも、限界はある」
グリオハンはバトルアックスを振り回し、湧き出たゾンビを蹴散らしていく。斬る、潰す、そして薙ぎ払う。戦斧によって、ゾンビがただの腐った肉塊へ変わり、壁や床に飛び散る。
そのままゾンビの群れを正面から突き抜け、グリオハンがアーダンの目前に迫った。
「全身を叩き潰しても蘇るのか? 試してやろう!」
グリオハンが戦斧を振り上げた。二の腕が盛り上がり、血管が浮き出る。脳天への渾身の一撃。定命の者であれば潰れて即死だ。
だが、アーダンはそんなグリオハンを目の前にして引くどころか、表情ひとつ変えなかった。一本立てた人差し指を左右に振る。
すると、床に這いつくばっていたゾンビたちが手を伸ばし、グリオハンの足に絡みついた。
一本の足につき三人。まさに縋りつく亡者だ。ゾンビたちに引き摺られ、届くはずだった渾身の斧がアーダンまで届かない。
「《死界の門》」
アーダンは人差し指を立てていた手を勢いよく開き、左右に大きく振った。
瞬間、床がタールの溜池のような真っ黒い流体物の沼へと変化する。ゾンビたちが、その沼の中へグリオハンを引きずり込んでいく。
「なんだとっ!」
「クソドラゴンっ!」
ファイレナが思わず叫んだ。
それは、生者を死の世界へ直接誘う高度な死霊魔法だ。引きずり込まれたら最後。成す術なく死ぬ。跡形もなく。そして、不死者として利用されるのだ。
ファイレナは一瞬、それでもいいかと考えた。別にドラゴンは死んでもらっても構わない。だが、すぐにその考えを改めた。今の状況では、勝つための貴重な戦力だ。
ファイレナは左足を下げ、右足を一歩踏み出し、魔術杖を構えて片手で印を結んだ。そして古の言葉を唱える。
「《荒れ狂う炎》!」
途端、魔術杖の先端から逆巻く火炎が噴き出し、黒い沼を覆った。
「アンデッドは炎に弱い。煉獄の炎に焼かれて疾く去れ!」
「ほう、さすがはエルフですね。なんと見事な魔術錬成か」
自らが産み出した亡者の群れが焼き払われても、アーダンは意にも介さない。
「呪術歩法と印と詠唱を同時に行うことで、高速の錬成を成し、それを魔術杖の補助によって増幅する。よって強力な魔法を素早く撃てる。ただの魔術師ではない……何者です?」
「ジェイドウッドの森の賢者サリフィンが弟子、ファイレナ」
アーダンの眉が上がった。




