ep.21 大神官アーダン
広間から続く廊下を進んだ奥の部屋は、まるで小さな美術館のようだった。見事な磨きタイルが足元に敷き詰められ、その上に芝生のような毛足の長い分厚い絨毯が敷かれている。壁際には数々の調度品が鎮座し、壁にはずらりと絵画が飾られている。
「大神官のコレクションといったところか」
ファイレナもその量には唖然としている。
「イニシエーションとやらのために信者が持ってきたものか」
グリオハンが鼻を鳴らす。
イニシエーションのために集まった数人の信者たちは、体が沈むような長椅子に腰をかけている。僧がひとりひとり順番に声をかけ、豪奢な両開きの扉の向こうへと通す。
「イニシエーションってのは、個別にやるんだな」
ファイレナも先達に倣って行儀よく長椅子に腰かけて静かに順番を待った。
ひとりが部屋から出てくれば、次の人間が僧に誘われる。そうして小一時間ほど待ち、他の人間たちのイニシエーションがすべて終わると、ようやく僧がファイレナに近づいて耳打ちをした。最後に回されたが、ついに大神官アーダンに会えるのだ。
扉の向こうは前室とは打って変わって何もない真っ白い空間になっていた。白タイルの床と、白漆喰の壁。天井には太陽の光を取り込む天窓が設置されて、快晴の今日は眩いばかりの光が室内に降り注いでいた。その光のシャワーの向こう、ベッドと見紛う長椅子に、半分寝そべるような恰好で、頬杖をついて座る男がいた。
後ろで扉が閉まる。
「あなたが大神官アーダンさまで、間違いありませんか?」
ファイレナが問うと、男はリラックスした姿勢を戻し、長椅子から立ち上がった。着ている純白の神官服がふわりと揺れる。
「いかにも。私がアーダンです。あなた方とは初めまして、ですね」
踵のある靴をコツコツと鳴らしながら、アーダンが歩み寄ってきた。両腕を後ろで組み、背筋は棒が一本通っているかのように真っ直ぐに伸びている。
大神官と呼ばれるもののまだ若く、顔立ちも彫刻のように端正で整っている。後ろに撫でつけられたやや色の薄い金髪が天井からの陽光に艶めき、神の徒の最高責任者としての威厳と神々しさを放っていた。
「お目にかかれて光栄にございます。大神官さま」
ファイレナは胸に手を置いて、慇懃に頭を下げた。
「おい、ぼーっと突っ立ってるんじゃない。怪しまれないように頭くらい下げろ」
ファイレナは囁き、グリオハンを肘で突いた。グリオハンはアーダンから目を逸らさないようにしながら、申し訳程度に頭を下げた。
「ご寄進頂いた品物。ありがとうございました。大変、素晴らしい逸品でした。短剣と、それから、香炉でしたか」
アーダンは、耳馴染みの良い声ももちろん、見た目の高貴さも兼ね備えている。人心掌握に当たって、これほど恵まれた者も他に見ない。
だが、それが逆に不自然に感じられた。人を導く神官としてあまりに都合が良すぎる。
ファイレナは目を細めた。
こいつはなんだか気味が悪い。
「はい。大神官さまのために特別にご用意させていただきました。ところで、大神官さま。実は私たち、僭越ながら大神官さまにお伺いしたいことがございまして……」
「その前に、私からも質問があります。そちらを先によろしいですか?」
アーダンがファイレナの言葉を遮った。問う形ではあるが、反対を許すつもりはなさそうだ。
「どうぞ?」
ファイレナは言われる通りに先を譲った。
「あの二品。私の記憶がたしかならば、マルカン卿が所有していた逸品だったはずなのですが、はて、なぜ私の元へきたのでしょうか?」
アーダンの予想外の言葉にファイレナとグリオハンが顔を見合わせる。
「……おい、あのチビ、どこにいった?」
グリオハンが声を漏らす。その段になって、ふたりはいつの間にかシオの姿がないことに気がついた。
うろたえるふたりにお構いなくアーダンは話を続ける。
「マルカン卿はヴァルディラの治政組織に出資をする投資仲間なんですよ。ですから、お互いの所有する調度品や美術品なんかを鑑賞し合ったりするんです」
「えっと……私たちはとある筋から買い取ったのですが、まさか、それは盗品だったということで?」
ファイレナが白々しく尋ねる。だが、アーダンは取り合うつもりはなさそうだった。
「盗品を手土産に私に近づこうとは大胆不敵。しかし、盗みに入った先が悪かった。私の交友関係をもう少し調べるべきでしたね」
ファイレナは舌打ちして、背後の扉まで飛び退った。分厚い扉の把手を掴んで引っ張る。
「あ、開かない⁉」
扉はびくともせず、ガタガタと音を立てるだけだ。
「逃げる必要がどこにある? 盗みも知られたなら、口を封じればよかろう」
グリオハンは背負ったバトルアックスを抜き放った。
「早まるな! クソドラゴン! こいつは得体が知れない!」
しかし、ファイレナの叫びも聞かず、グリオハンはアーダンへ飛びかかった。




