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ep.19 潜入作戦

 夜の湾を臨む酒場『太っちょネズミの帽子亭』でふたりは、作戦会議と称して減った腹を埋めていた。


「で、策はあるのか?」


 相変わらず骨付きの肉にむしゃぶりつくグリオハンである。


「うーん。なんとか高額に見える品でも用意して、僧たちを騙すしかないかな」

「それは方針であって策ではなかろう」

「うるさいな。おまえから正論が飛び出すと気持ち悪いんだよ」


 ファイレナは木のボウルに入った山盛りの野菜にオイルを掛け、フォークで黙々と食べている。

 すると突然、バンッと音を立てて酒場の扉が開いた。グリオハンは肉に集中したままだったが、ファイレナは何事かと振り返った。そこには小柄な人物がいた。


「げっ」


 ファイレナが思わず声を漏らす。


「よ、ようやく見つけましたよっ!」


 リルリングのシオである。


「酷いじゃないですか! ファイレナさん! グリオさん! 私を置いて行くなんて!」


 シオは頬を膨らませたまま、ツカツカとファイレナたちのテーブルまで歩いていき、余った椅子に腰を据えた。


「すみません! キンッキンに冷えたエール! 一杯!」


 グリオハンがジロリとファイレナに横目をやる。ファイレナは嘆息(たんそく)する。


「なぁ、シオ。あれは仕方がなかったんだ」

「何が仕方ないですか! 起きたら夕方だし誰もいないし! 起こしてくれたっていいじゃないですか!」

「そうじゃない。何度起こしてもおまえが起きなかったんだよ」


 ファイレナは呼吸をするように、真っ赤な嘘を吐く。


「嘘ですよ! 私は斥候(せっこう)ですよ! これまで誰かに起こされても気付かなかったなんてことないんですから! 絶対なんか起きない魔法をかけたに決まってます!」


 図星でもファイレナは表情ひとつ変えなかった。


「まぁ、とにかく、おまえは起きなくて、私たちは船に乗らなきゃいけなかった。だからこれは不運な事故だと思う。だから、お互いもう忘れて前へ進もう」


 ファイレナはシオの頼んだエールと一緒に来たチーズの盛り合わせを、シオの前へ滑らせた。


「なんか調子のいいことを言ってごまかそうとしてますよね!」

「シオ。そんなことより、今は神官のアーダンに会う算段を立てるところなんだ。斥候であるおまえの知恵も借りたい」

「知恵ですか? いいですよ! なんでも相談してください!」


 頼られてすぐに機嫌を取り戻すシオである。


「急にやかましくなったな」


 グリオハンは骨をしゃぶりながら、鼻から深く息を吐いた。


「アーダンに会うためにはイニシエーションって呼ばれるものに参加しなきゃいけないらしいんだけど、それに参加するには、高額な品物を用意する必要があるんだ」

「ふんふん」


 シオはチーズを頬張りながら聞いている。


「だけど、私たちは旅人でそんな高価な品物なんて持ってるわけがない」

「ちょ、ちょっと待った!」


 シオがファイレナの話を(さえぎ)った。


「高価な品物って別に金銀財宝じゃなくてもいいんですよね?」

「え? まぁ、珍しいものだったらいいかもな」

「だったら、ファイレナさんの魔術杖があるじゃないですか。それってサリフィン様のものでしょ? 賢者サリフィン愛用の魔術杖だったら高価な品物に判定されると思いますけど」

「殺すぞ」


 シオが押し黙った。


「えっと、どこまで喋ったかな? ……そうそう、それで高価な品物なんて持ってるわけがないから、高価に見えるものでなんとか騙せないかって考えてたところなんだ」

「なるほどー」


 シオは頬張ったチーズをエールで流し込んで、プハっと息を吐いた。


「だったら、その件、私に任せてもらえませんか?」


 シオが自信満々に、立てた親指で自身を指す。


「おまえに?」


 ファイレナが首を傾げる。


「はい! こう見えて、実は小賢(こざか)しいことは得意なんですよ!」

「こう見えてというか、むしろ、見るからにそうだが」


 グリオハンが肉から視線を上げた。


「私がその騙せそうな品物を用意してきますよ。……その代わり」

「その代わり?」


 ファイレナが眉を寄せる。


「今後、二度と私を置いてかないでください! 今度こそ私を正式に旅の仲間にすると約束してくれたら、品物を用意します!」


 グリオハンは肉をがっついていて返事をしない。判断はファイレナに委ねているのだ。ファイレナは答えを返す代わりに、杯に入った葡萄酒を一口喉に流した。


「その前にひとつ聞かせてほしいんだけど」

「なんですか?」

「シオ。おまえはこれまでひとりで旅をしてたんだろ? なのに、なんでそこまでして私たちに付いて来ようとするんだ? セイリンで別れたらもう追って来ないと思ったのに」


 シオの素性はよくわからない。未だ懐疑的な目をファイレナは向けている。

 シオは次のチーズを摘まんで口に入れて咀嚼(そしゃく)する。


「実は、私に斥候の技術を教えてくれた先輩がいるんですけど、その先輩が一度、サリフィン様に命を救われたことがあるんです」

「師匠に?」

「はい。でも、その先輩は冒険中に命を落としました。それで、サリフィン様には恩を返せていないんです。もしかすると、これは私が代わりに恩を返す機会なんじゃないかって。そう思ったんです」


 ファイレナは神妙な顔つきで聞いていた。


 賢者サリフィン。諸国を旅して、人々に知恵を貸し、手を差し伸べてきた偉人だ。各地に残る逸話は数知れない。シオの言うことだってあり得る話だろう。


「……そうか。わかったよ。約束する」

「おい、いいのか? このチビ、連れて歩くには面倒そうな気はするが」


 グリオハンに、本人を目の前にして忖度(そんたく)するという考えはない。


「面倒なのはおまえも一緒だ。なんなら、人間の社会常識に(うと)いおまえの方が八倍は面倒だ」

「グリオさんはだいぶ辺境のご出身なんですねぇ」


 グリオハンの射殺すような目も気にせず、シオが残ったエールをかぶ飲みする。杯を空にすると、跳ねるように椅子から降りた。


「じゃ、早速、作戦の準備をしてきます。ただ、二、三日、時間はください! それなりのものを用意しなくちゃいけないので!」

「わかったよ。よろしく頼む」


 ファイレナの返事を聞くと、シオは満足げにスキップしながら酒場を出て行った。


「信用して大丈夫なんだろうな、あのチビ」

「信用してるわけじゃない。他に打てる策がないんだ。あいつがあれだけ自信たっぷりに言うんだから、試してみてもいいだろってだけの話」


 グリオハンは納得したのかしてないのか読めない表情で、再び肉を齧り始めた。

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