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ep.1 アンバーグロウピークの暴竜

 この世界にはふたつとない絶景を見せる場所がある。カーン山領(さんれい)大瀑布(だいばくふ)ドラゴンダウン、神々の杯ことヴィルナサ高地の〈天空湖(レイク・セレステ)〉、北方マレンタールは鏡のフィヨルド。

 山峰(さんぽう)アンバーグロウピークもそのひとつだ。


 峰から望む地平線に沈んでいく夕日の美しさは、筆舌に尽くしがたく、これまでも多くの吟遊詩人が、その美しさを競うように歌にしてきた。

 絶景を目的に旅人が訪れる(ふもと)の村々も、素朴ながら暖かな賑わいを見せていた。


 だが、それもかつての話だ。


 ある日、遠い果ての〈竜の生まれる地〉より一匹の若き竜が飛来した。血気盛んな若き竜は、まるで元から自分の住処であるかのように、我が物顔で居座り。ときに暴れ回り、近隣の村々を破壊し尽くした。


 付いた呼び名が暴竜。


 長閑(のどか)だった山間の村々のほとんどは、人の住めない土地と化した。僻地(へきち)へ落ち延びたかつての住人たちは、峰に沈む夕日を見るたび、思い出す恐怖に震えている。

 無論、これまでも多くの勇士が、ドラゴンスレイヤーの称号を手にしようと、この暴虐のドラゴンに挑んだ。


 今、彼等は皆、乾いた風にその(むくろ)を晒している。


◇◆◇◆◇◆◇


 我が世の春のまどろみ。甘美な夢がふつりと途切れ、ドラゴンは目を覚ました。

 生き物といえば自分以外、まるで食い物にならないような小さな生物ばかり。なのに、妙な気配を感じ取った。

 ゆるりと首を持ち上げたドラゴンの瞳に、痩身(そうしん)の姿が映った。たったひとり。風除けに被ったフード付きのマントが、砂混じりの風になびいている。


「暴竜」


 呼びかけに、ドラゴンは珍しいものを見るように縦長の瞳孔を向ける。


「いつぶりだ。人間がこの地に足を踏み入れるのは」

「多くの冒険者たちが君に挑んだ。ここに至る道程で散々見かけたよ、彼等の亡骸(なきがら)をね。でも、いつしか君に挑む者もなくなり、ここは君の天下となった」


 フードを剥ぎ取る。シルクのように流れる金の髪の間から、特徴的な長く尖った耳がのぞく。長寿と歴史ある魔術文化を誇り、永遠に若く美しい容姿から、妖精族とも言われる人類種(ヒューマノイド)の一種族、エルフだ。


(しか)り。だが、そう知ってなお、ひとりでここに来るなどとは、一体、どういうつもりか?」


 暴竜は面白そうに尋ねる。


「この山を再び、美しい夕日を臨める山に戻す。そして、麓の村々に人々を返す」


 事もなげに、エルフは長い袖に覆われた両手を広げた。

 暴竜はたまらず笑った。人間の根源的な嫌悪感に触れる、大きく耳障りな笑い声である。


「おまえが? エルフの子よ。その細腕で? 我を(ほふ)ろうと?」

「私には魔術があるのでね」


 暴竜が曲げていた四本の足をゆっくりと伸ばした。その体躯はあまりにも巨大である。エルフとでは、まさに巨象と蟻だ。

 暴竜がその長い首を下ろし、間近でエルフを()めつける。少し首を伸ばせば、一口にエルフを飲み込める距離。だが、エルフは一歩も退かなかった。


「これは過信じゃない。自惚(うぬぼ)れでもない」


 抜き放つのは、剣士が腰に()くように差した魔術杖だ。


「私はジェイドウッドの森のエルフ、サリフィン。そして、おまえの暴虐を終わらせる者だ」


 サリフィンが魔術杖を握った腕を突き出し、もう一方の手を杖に重ねて印を結ぶ。

 暴竜は鋭利な牙を剥いた。笑みである。


「ちょうど退屈をしておったところよ」


 ドラゴンは背中に生えた翼を一気に開いた。暗雲立ち込めるアンバーグロウピークの空が、赤黒い翼に覆われた。


「我が名はグリオハン! 最後の記憶に刻むがよい!」

「山から帰って来る者がいなかったから、名前を初めて知ったよ! グリオハン!」

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