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ep.17 丘の上の寺院

 寺院は湾口都市ヴァルディラを一望できる丘の上に立っている。広大な敷地に立つ巨大建築であり、細部に至るまで質の良い資材を使って建てられた贅沢な建物だった。


「幸運と商売の神ルガンの高僧と言ってたはずだけど……」


 ファイレナは寺院の正門を支える支柱を懐疑(かいぎ)的な目で眺めながら、撫でている。


「何か気になるのか?」

「ルガンといえば、天秤や靴、あるいはカササギといったモチーフを持ってる。ここがルガンの寺院なら、そういったものを象ったレリーフがあるはずなんだけど」

「レリーフとは、こういうもののことを言っているのか?」


 しゃがみこんだグリオハンが、支柱の足元を指差している。支柱は立派な円柱で、足元の基礎部分が一回り太い。そこに一周ぐるりと囲むように同じ模様がレリーフされている。円形の中に幾何学(きかがく)模様が意匠された模様だ。


「これ、どこからどうみてもコインに見えるな」


 ファイレナは目を上げた。一度そのレリーフに気付けば、至るところにその模様が刻まれていることがわかる。擁壁(ようへき)の上部、寺院へ入るアプローチの石畳、アーチの上。


「コイン、コイン、コイン、コイン……」


 ファイレナが呟く。


「アーダンか……。その輪郭がおぼろげに見えてきた気がするな」

「入るぞ。こんなところにいても本人には会えまい」


 グリオハンが率先して建物へと足を踏み入れる。ファイレナもそれに続いた。


 寺院の中は静かである。声を出すと過剰に反響するため、自然と声も小さくなった。


「広いな」


 ファイレナが呟く。まるで宮殿のような広さで、果たしてこれだけの規模が必要なのかも疑問に感じる。


「これだけ広いとどこに行けばいいのかわからないな」

「手あたり次第探すしかあるまい」


 ふたりが入り口のホールに佇んでいると、廊下をしずしずとローブを羽織った僧侶風の男が近づいてきた。その男はふたりを見つけると、(うやうや)しく両手を合わせた。


「何か、御用でございますか?」

「アーダンという男はどこにいる? 答えろ」


 グリオハンが男に手を伸ばす。ファイレナがすぐさまグリオハンの前に出て、伸びた手を払いながら、背中でグリオハンを後ろへ押しやった。グリオハンは、男の首根っこを掴んで締め上げるつもりだったはずだ。


 ファイレナは僧侶風の男がやったことを真似るように両手を合わせる。


「アーダン様はどちらにいらっしゃるでしょうか?」


 ファイレナとしては、寺院の人間に過剰に怪しまれるような真似を避けたい。


「アーダン様は今ちょうど説法の最中にございますが」

「説法の? ああ、是非、その説法を聞きたくて、遠方より()せ参じた次第でございます」


 ファイレナが(よど)みなく口から出まかせを並べ立てる。


「今からでもその説法を拝聴(はいちょう)することは可能で?」

「ええ。もちろんでございます。こちらへどうぞ」


 僧侶風の男が背を向け、ふたりの案内を始める。

 ファイレナはグリオハンを振り返って無言でうなずいた。グリオハンは面倒そうに耳を掻くものの、素直にファイレナに従った。

 通されたのはダンスホールを思わせる大きな広間だった。そこに、ひしめき合うようにして、町の人々が静かに正座をして座っている。


「おまえは大人しくしておけよ。大声も出すなよ」

「ここに来てから、我が一度でも大声を出したか?」

「そうだな。その調子だ。とにかく、目立つような行動はすべて控えるんだぞ。ここには蘇生の術の手がかりがあるかもしれないんだから」

「だいたいおまえたち人間の規律というものを理解してきた。案ずるな」


 ふたりは目立たないよう部屋の隅へ向かい、そこに腰を下ろした。ファイレナは他の人々にならって正座だが、グリオハンは偉そうに胡坐(あぐら)をかいている。

 広間の奥には白いベールが天井から垂れ下がっていて、そのベール越しにうっすらと人影を見ることができた。そこから人の声が聞こえる。


「……時間とは命と同意なのであります。人は自らに与えられた時間を費やすことで生の道を歩んでいる。時間をどう使うか、すなわちそれが、どう生きるかということなのです……」


 鼓膜(こまく)をシルクで撫でるかのような美声で、発音も美しい。まるで耳のご馳走(ちそう)だ。それを象徴するかのように、聴衆な皆、うっとりと耳を傾けている。

 しかし、真の賢者だったサリフィンに師事したファイレナや、唯我独尊(ゆいがどくそん)に生きたグリオハンにとっては退屈極まりない時間だった。


「おい、半エルフ。よもや、これを最後まで聞くつもりじゃなかろうな?」

「そのまさかだよ。おまえ、もしかして、あのベールを剥がしてアーダンを引き摺り出そうとか思ってたんじゃないだろうな」

「それが手っ取り早かろう。おまえたち人間など、殺すと脅せば簡単に秘密を喋る生き物じゃないのか?」

「もし、アーダンが本当に死から蘇った人間だったら、死も恐れないかもしれないぞ? なんでも力で解決できるほど、単純なものばかりじゃなんだからな」

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