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ep.16 湾口都市ヴァルディラ

 ヴァルディラ。フェアモル湾に面したこの港町は、一帯の町々から様々な品が集まる湾口の都市だった。それらは積み荷にされて各地へ海上輸送される。そのため、港には巨大な帆船がひしめいていた。

 それら大型輸送船に比べれば、地方からやってきた客船など、まるで木っ端のようにちっぽけだ。

 ファイレナたちを乗せた船は、他の大きな船の邪魔にならないよう、湾の隅のはしけを目指し、そっと接岸した。


 船を降りたグリオハンが、まるで湾を我が物とするかのように堂々と浮かんでいる巨大帆船を見上げている。

 ファイレナはその後ろ姿を見やった。

 かつては、これほど巨大な船でさえ見下ろすことができた元ドラゴンだ。しかし、今はそれを見上げることしかできない。その背中にあるのは、憤りか寂しさか、あるいは純粋な怒りか。しかし、そこまで推し量ることはできなかった。


「山の上に住んでいたから、船が珍しいか? 田舎者に見えるぞ」


 ファイレナはさっさと歩き出した。グリオハンは鼻を鳴らすだけで素直について歩いた。

 湾岸区域から商業区域を目指す。その区画の間には、汚れた身なりの者たちが往来する一角があった。彼等の向ける好奇の目で、ようやくファイレナはそこが貧民街であることに気がついた。

 辺りにまともな服装をした者などおらず。簡素な旅衣装の自分たちですら、整った身なりに見える。


「おい、何をジロジロ見ている?」


 グリオハンが貧民街の者たちに凄んだ。目を向けられることが気に食わないのだ。その(たくま)しい手は、すでに斧の柄を握っている。


「おい、やめろ!」


 ファイレナが丸太のような腕に手をかける。


「こやつらの目が気に食わん」

「だからっていちいち斧を振ろうとするな。旅の妨げになるような騒動は控えろ」


 ファイレナが叱咤すると、グリオハンは呻きながら手を下ろす。

「貧しい人たちが暮らす一角なんだ。普段は人が通らないから珍しいんだよ」


 ファイレナの歩みが足早になる。グリオハンは大股でついてくる。


「我が元のままならな。ひと思いにすべて灰にしていたところだ」

「そんなにいきり立つな。居心地が悪いのは私も一緒だ。早く抜けよう」


 一直線に貧民街を抜け、ふたりは町の中心である商業区域に足を踏み入れた。裏さびれた路地一本を挟むだけで、人の往来が途端に増える。


「おい、半エルフよ」


 グリオハンは真っ直ぐ斜め上の方向を指差していた。


「あれはなんだ?」


 ファイレナが指先の方向へ目をやると、小高い丘の上に、まるでその威容を見せつけるかのような建物が建っているのがわかった。

 ファイレナがその建築様式から察する。


「う~ん。なんらかの信仰にまつわる寺院であるのは間違いないな」

「寺院か」


 ファイレナたちが探しているのは神官だ。それも、人々に(あが)められ、教義まで授けているという。


傲慢(ごうまん)な人間性がそのまま建物に表れたとすれば、あそこにシオの言ってた神官がいても不思議じゃないな」


 グリオハンが突然、すれ違う町人の肩を乱暴に掴んだ。


「答えよ。あれは一体なんだ?」


 蛮族めいた大柄な男に、引きつった声を漏らした町人は、犯罪組織の拷問にかけられたかのような恐れっぷりだ。


「あ、あ、あれは、ア、ア、ア、アーダン様のじ、寺院ですよ!」

「おい! 町の人を怖がらすなよ、バカ!」


 ファイレナが町人の肩からグリオハンの手を引き剥がす。


「何が気に食わん。我は人間たちのやり方に(のっと)って問うておるだけだろうが!」

「おまえがやってるのはほとんど脅しなんだよ! すっこんでろ! スカタン!」


 グリオハンは(うめ)いて下がった。


「その、え~っと、アーダン? って人はどんな人なんです?」


 ファイレナが優しく聞いた。普段、口の悪いファイレナも、丁寧な物腰と口調に努めれば、美しいハーフエルフの女性である。

 町人は相手がファイレナに代わって明らかに安心していた。


「この辺りでは有名な方ですよ。神の奇跡によって死から復活なされた神官様です」


 ファイレナとグリオハンの目が合う。


「神官様ですか」

「ええ。元々は幸運と商売の神であるルガンの高位僧だったと聞きます。しかし、ある旅の最中に魔物に襲われて、死に直面したのだそうです。一度は死後の世界へ向かったそうなのですが、そこで神と対話し、その奇跡によって復活なされたのだとか」


 ファイレナはにっこりと作り笑いを浮かべる。


「なるほどぉ。わかりました。話をお聞かせくださってありがとうございます」


 町人が頭を下げて去っていく。


 グリオハンが早速鼻を鳴らした。


「そんなことがあり得るのか? 我も神の徒を名乗る多くの神官どもを相手してやったが、誰ひとりとして(しかばね)から(よみがえ)る者などおらなんだぞ。よしんば、そやつが神の奇跡とやらで蘇生したとして、なぜそやつが選ばれる?」

「知るか。どうにも胡散臭(うさんくさ)いな。でも、さっきの人だって結構真に受けてる感じだったし、実際に蘇生したか、よっぽど語りがうまいかだな」

「小賢しい。どちらにせよ、実際に顔を見て確かめる他あるまい」

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