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ep.15 賢者サリフィンのために

「なんでも、ヴァルディラには、実際に死んだ状態から蘇生した神官様がいるらしいのです」


 宿屋の一階にある〈イカしたヒトデ亭〉で、三人は丸テーブルに可もなく不可もない料理を並べて、顔を突き合わせていた。


「その神官様は、奇跡の聖者として崇められてて、町の人々に教義を説いているんだとか」


 シオは魚と野菜を煮込んだ料理を、(さじ)で一人分ボウルに移した。


「神官様がどうやって蘇生したのかは知りませんが、その話が本当なら、そこから蘇生の術の手がかりが得られるかもしれません」


 シオはぶつ切りになった魚の切り身を頬張り、モゴモゴと口を動かすと、器用に魚の骨を口から出して、床へ吐き捨てる。


「なんだかちょっと胡散臭(うさんくさ)い気もするなぁ。神官とか、聖者と崇められてるところとか、町の人々に教義を説いているところとかさぁ」


 ファイレナは木杯に並々と注がれたエールを、喉を鳴らして飲んだ。


「それ、ほとんど聖職者否定じゃないですか、ファイレナさん!」


 エルフ族は元来、自然信仰の種族のため、人間の信仰の在り方には否定的な者も多い。ハーフエルフのファイレナは、エルフ寄りの考え方だった。


「そやつがどのような神官かなど、どうでもよい。肝要なのは、その者が本当に死から蘇生したかどうかなのだからな」


 骨付き肉にむしゃぶりついているグリオハンがちらりと目を上げた。

 同感だと、ファイレナがうなずく。


「それでさ、シオ。おまえ、ヴァルディラの町には詳しいわけ?」

「いえ。大きい港町だってことしかよく知りませんけど」


 シオが首を左右に振る。そして、ファイレナとグリオハンの表情を見た。

 ふたりとも風のない湖のような表情だった。


「あれ⁉ もしかして、私を仲間に加えるのやめようとしてません⁉」


 シオは存外鋭い。それを裏付けるかのように、ふたりは明確に否定をしない。


「ちょっと! せっかく情報を提供したのに、それはずるいと思いませんか⁉」

「食事の仲間には加えただろ」

「酷いですよ! ファイレナさん! 私だって賢者様復活の力になりたいんですけど!」

「おまえ、師匠とは何も関係ないだろ。私はあまり他の者を巻き込みたくないんだよ」

「でも、私はもう知ってしまいましたし、そうとなれば、かのジェイドウッドの森の賢者サリフィン様復活のために、力を尽くしたいと思うのは無理のないことでしょ?」


 ファイレナは言葉に詰まった。

 サリフィンは偉人だった。まさに、誰も敵わなかった暴竜に、単身命をかけて挑むほどには。

 その人生は、強きを(くじ)き、弱きを助けるためにあった。偉業を伝える逸話も各地に残っている。シオのように考える者がいても不思議なことではなかった。

 ファイレナは頬杖をついてじっとシオを見る。


「な、なんでしょう」


 射抜くような視線を向けられ続け、さすがのシオも(ひる)んだ。

 ファイレナがふっと視線をはずす。


「まぁいい。明日の船でヴァルディラへ向かう。しばらく船に揺られるし、今日は揺れないベッドでゆっくり休もう」


◇◆◇◆◇◆◇


 翌日。宿の店前に最初に現れたのはグリオハンだった。冷たい朝の空気の中で、買ったばかりの斧を握り、上下左右に振っている。

 決して軽い武器ではないが、その重さがむしろグリオハンの手には馴染む。

 素手だと、力任せに振るってしまえば拳も痛むが、これなら痛むこともない。思う存分暴れられる。

 人間化してからは気に食わないことばかりだが、これは気に入った。


「おい。新しい武器が嬉しすぎて、道行く人を手当たり次第斬り付けてやろうかっていうんじゃないだろうな。やめろよ、ほんと」


 宿から出てきたのはファイレナだ。久しぶりに屋根の下の布団で寝たからか、肌も髪もつやつやと朝日に輝いている。

 グリオハンが振り返る。


「できればそうしたいところだが、人間たちの掟には従ってやることにした。我とて、いつまでもこんな姿ではいたくはない」

「言うとおりにすれば旅が楽に進むと学んだか。結構。さ、行くぞ」

「おい。チビがまだ来ていないぞ」

「ああ、シオならまだ宿のベッドでスヤスヤ眠ってるし、今日はもう起きることはない」


 グリオハンは眉を潜めた。


「どういうことだ?」

「あいつ、面倒だろ。なんか、得体が知れないし。どうもトラブルを呼び込みそうで不安なんだよ。そんなのおまえだけで十分だし」


 ファイレナはグリオハンの鼻先に指を突き付けた。


「だから、こっそり《眠りの霧(スリープ・フォグ)》を施して、ぐっすり眠ってもらうことにした。魔法が解けたときには清々しい気持ちで目覚めるだろうさ。むしろ、感謝してほしいくらいだよ」


 グリオハンは鼻を鳴らした。


「まぁ、おまえがそうしたいのならそれでよい」

「よし。そうと決まれば、さっさとヴァルディラへ向かおう」


 ふたりは港へ向かい、目的の船に乗り込んだ。ファイレナが自信満々に言ったように、シオが追ってくる気配はない。ふたりが船のへりに身を預けて潮風に吹かれていると、しばらくして船が港を旅立った。

 波の間をゆらりゆらりと船が行く。目指すは死から蘇生したという神官のいるヴァルディラだ。うまくいけばそこで蘇生の術が手に入り、サリフィンが復活する。


 ファイレナは横に座るグリオハンを見た。同じ思いを抱いていたのかグリオハンもファイレナを見ていた。

 サリフィンが復活すれば、ファイレナは師と力を合わせてこの人間化したドラゴンを倒すつもりだ。


 一方、グリオハンはサリフィンを復活させた後、まずは弟子のファイレナを(くび)り殺し、サリフィンに術を解かせる腹積もりである。


 それぞれの思惑を胸に睨み合うふたりが、ゆっくりと波に揺られる。

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