ep.11 はじめての町
夜が明けると同時にファイレナは目を覚ました。グリオハンは横になって頬杖をついた姿勢でファイレナが目を覚ますのを待っていた。
「おまえ、寝てなかっただろうな?」
「寝てなどおらぬわ」
くつろいだような姿勢にファイレナの疑いは晴れない。
「ふん。どうだか」
「何が不満だというのだ。無事に朝を迎えられたのだから良かろう」
朝を迎えて早速、剣呑な空気がふたりを包む。
どちらも不満げなまま、ふたりは再びセイリンを目指し始めた。
「なぁ、クソドラゴン」
道中、最初に沈黙を破ったのはファイレナだった。
「おまえはまず人間の体に慣れなきゃいけない。たしかに元はドラゴンなだけあって、力も強いし体だって頑強だ」
グリオハンは返事の代わりに不機嫌そうな鋭い視線だけをファイレナへ返す。大抵の人間ならすくみ上がるような目つきでも、ファイレナは気に留めなかった。
「でもな。オーガ三体に囲まれるだけでああなるんだぞ。蘇生の術を探す旅は過酷になる。おまえだって人間の姿のまま死にたかないだろ? だから、ドラゴンのプライドはそこそこにして、人間の体に慣れるよう努力することだ」
「偉そうに我に助言か?」
「人類種としては私の方がだいぶ先輩だからな」
ファイレナがふんと鼻を鳴らす。
「それと、今はもう牙も爪もない。武器を使え。素手のままじゃこの先もっと苦労する。剣でも斧でも自分に合ったものを見繕え。いいな」
「いちいち、偉そうに言いおって!」
グリオハンがファイレナの眼前に顔を近づけた。今にも噛みついて喰らってやろうかと言わんばかりだ。だが、ファイレナはその額に頭突きよろしく己が額を押し付けた。
「だから! 人類種としては私の方が先輩だって言ってるだろ! タコスケ!」
◇◆◇◆◇◆◇
港町セイリンに到着すると、海の匂いが早速、鼻孔をくすぐった。
見上げれば、ウミドリの群れが爽やかな青い空を彩り、群青色の海に目を向ければ、波間を大小さまざまな船が往来している様子が目を楽しませる。
陸の方では焼けた肌の男たちが、接岸した船から調子よく積み荷を降ろしている。
湾を隔てた先からの豊富な食料や資材が町を潤し、それを目当てに近隣からも多くの人が集っている。
町の中央を走る目抜き通りには、両側に各種の店屋が軒を連ね、町人、旅人、そして冒険者など、さまざまな人々が行き交っている。
ファイレナはその喧噪の中を慣れた様子で歩く。
一方のグリオハンは正反対だ。落ち着きなく視線を巡らせている。山の上に住むドラゴンだったグリオハンは、これだけ多くの人間がひしめく場所を見たことがない。
「よくもまぁ、これだけの数がいるものだ。人間の繁殖力は恐れ入る」
その目は興味に惹かれているのではなく、むしろ呆れていた。
「それについては同感だな。ヒューマンは世界中に腐るほどいるからな」
ふたりは早速、セイリンから出る船があるかをたしかめた。
だが、あいにくその日はすでにすべての船が出払っていた。どこへ行くにも翌日を待たなければない。
「仕方ない。まぁ、野営が続いたし、屋根のある場所で休息を取れると思って、おとなしく今日は宿を取ろう」
「宿? そこいらで朝を待てばよかろう」
グリオハンが適当な場所に向かって顎をしゃくる。たしかに港には好きなだけゴロ寝のできる広さがあり、実際に船乗りが休憩がてら寝転がっている。
「おまえと一緒にすんな。私はベッドで寝たいんだよ、バカタレ」
「面倒だな、おまえは」
「やかましいんだよ。いいか? 私が宿を探している間、おまえは武器屋へ行って武器を探しておくんだぞ。わかったか?」
「武器屋?」
「目抜き通りを歩いてたら、武器を並べた店があるはずだ。そこへ行けって言ってんの」
ファイレナはグリオハンの肩を突き、ひとりで宿探しに向かった。取り残されたグリオハンは武器屋を探すために町の中心へ向かった。
ファイレナの言うとおり、目抜き通りを歩くとすぐ、武器を陳列した店屋が目に入った。庇の下に出された架台の上にズラリと刃物が並んでいる。長柄の武器が入れられた蓋なしの樽も置いてある。ざっと視線を巡らせただけでも様々な武器が目につく。剣、斧、槍、その他、鎖で繋がれたトゲ付き鉄球もある。
グリオハンにとっては、どれも一度は向けられた経験のある武器の数々だった。それをまさか自身が振るうことになるとは、夢にも思わなかった。
何気なく幅広の直剣を手に取る。
傾きかけた太陽に刃をかざし、刀身を眺める。冒険者たちがもっとも好んで使っていたのが、この類の武器だった。もっとも、どれも鱗を突き破ることはなかったが。
そう考えると、どれがいい武器なのかも判断できない。途端に、武器選びが面倒に思えてきた。
そのとき、目抜き通りが突然騒がしくなった。往来する通行人が慌てふためいている。目を向けると、小さな少女が猛然と通りを走ってくるのが見えた。
「助けてーっ! 暴漢に追われてるんですーっ!」




