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ep.10 非力な生き物

 闇に紛れたファイレナが、息を潜めて事の成り行きを見守る。三人組のオーガが早速、呑気に眠っているグリオハンに気付いた。

 三人は醜い顔を寄せ合ってこそこそと言葉を交わす。相談の時間は短い。そもそも幸運な食事を見過ごす選択肢はなかった。

 オーガのひとりがかがんでグリオハンの首根っこを掴もうと片手を伸ばした。


 そのときだ。


 グリオハンがカッと目を見開き、伸びた手を掴んで引き込んだ。同時に、体勢を崩すオーガの側頭部に、跳ね上げた足を叩きつける。オーガは溜まらず地面の上に倒れ込んだ。

 それを踏みつけ、グリオハンが立ち上がる。


「寝込みを襲えば我に勝てると思うたか? 奇襲など、飽きるほど仕掛けられたわ!」


 グリオハンは驚いて棒立ちになったふたりのオーガのうち、片方のオーガの横面を大振りの拳で目いっぱい殴りつけた。オーガは大柄なグリオハンより、なおひと回り大きい。その巨体がきりもみながら吹き飛ぶ。

 ファイレナはその膂力(りょりょく)に思わず口元を覆った。もう少しで驚きの声が漏れていたところだ。

 グリオハンがゴキゴキと首を回す。

 巨竜を退治するためにあらゆる手段を講じた人間たちが、寝込みを襲うという方法を常套手段にしないはずはなかったのだ。


 軽率な行動に走らなくてよかった。ファイレナは安堵の溜息をついた。


「我に挑むことがどれほど愚かしいか、思い知るがよい!」


 グリオハンが立ったままの三人目に鉄拳を浴びせようと、腕を引いて体を捩じった。しかし、足元のオーガが両脚に組み付いて引き倒した。


「うおっ!」


 声を上げてグリオハンが地面に叩きつけられた。

 これを好機とばかりに、立っていたオーガが玉でも蹴るようにグリオハンを蹴りつける。グリオハンが溜まらず両腕で頭を覆った。

 さきほど殴り飛ばされたオーガが立ち上がってそれに加わる。最後には三人が好き放題にグリオハンを蹴り回し始めた。

 グリオハンはいまだに自身が巨躯を誇ったドラゴンであった過去を捨てきれていない。


「やれやれ。どんな相手でも一撃で(ほふ)れると勘違いしてるんだな……」


 ファイレナは不可視のまま、雷槍の魔法を練り上げ、オーガのひとりに叩きつけた。何もない暗闇から突然、(まばゆ)い雷の槍が出現して、オーガの巨体が吹き飛んだ。

 そのオーガは電撃にしびれて痙攣を繰り返している。

 そこでようやく姿を現した。突然現れたハーフエルフにオーガたちが瞠目(どうもく)する。


「見てられないな、クソドラゴン」


 ファイレナは静かに詠唱しながら悠然とオーガたちに近づく。魔術杖は腰に差し、自由になった両手は、すべての指を鉤型(かぎがた)に曲げて、果実でも掴むような形にしている。

 ひとしきりグリオハンを蹴りつけたオーガたちがファイレナに標的を移し、猛然と襲いかかった。


「おまえたちのような力自慢は同じ力で対抗するよりも、魔法の方が有用だ」


 ファイレナが両腕を突き出した。手の平を中心に気流が生まれ、瞬時に螺旋(らせん)を描く風へと昇華する。


「《爆ぜる旋風(ストーム・ブラスト)》!」


 両腕から二本の竜巻状の風が吹き出し、二体のオーガを直撃する。その威力はすさまじく、オーガたちの皮が、肉が捻じれ、回転しながら吹き飛び、巨木に叩きつけられた。


「ウゴゴ……」


 たまらず呻き声を漏らすオーガ。その前に立ちはだかったのはグリオハンである。


「よくぞ、我を好き放題に蹴り回してくれたな」


 グリオハンは一匹の頭を、握り潰さん勢いで引っ掴み、顔面に鉄拳を叩き込んだ。一発、二発、三発。オーガの鼻がへし折れ、牙が折れて口内をズタズタに切り裂く。

 オーガが意識を失った。それでもグリオハンは満足していない。


「おのれ。これだけやっても死なんのか!」


 グリオハンはそこで切り上げ、もう一体の方へ歩み寄る。そして、同じように執拗(しつよう)に拳を叩き込みはじめた。やはり、数発叩き込んだところで気絶するものの、やはり絶命には至らない。

 一方、最初に電撃を食らったオーガが逃げ腰になりながらその光景を眺めていた。

 ファイレナがそのオーガを指差した。


「おい、おまえ。このふたりを引き摺って帰るなら、見逃してやる。明日からドロドロにした食い物しか食べられなくなるのは嫌だろ?」


 執拗な殴打で顔が変形したオーガたちを(あご)で指し、立ち去ることを(うなが)す。

 オーガはファイレナの言ったとおりに、二人を両脇に抱えてすごすごと去っていく。

 グリオハンは、繰り返した殴打で傷だらけになった自身の拳を眺めていた。

 強く握った拳がわなわなと震える。


「あんなものすら屠れぬ! なんと非力なことか! 人間とは、かくも弱き生き物よっ!」

「オーガを素手で殴って気絶させるなんて、だいぶ強い人間だぞ」


 頭を抱えるグリオハンを横目で見ながら、ファイレナは木の根元に腰を下ろした。


「夜明けまで見張りを交代してもらっていいか? ふたりとも熟睡したら危険だって、身を以って知ったろ?」


 グリオハンは(うめ)きながら胡坐(あぐら)をかいた。両腕を組んで憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子だが、ファイレナの言葉には応じた。


 ファイレナは休息するために目を瞑った。寝首をかかれる心配もしたが、それも一瞬だった。この男は傲慢(ごうまん)で気位が高い。ひょろっこい半エルフを屠るのに、寝首を掻くような真似はプライドが許すまい。

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